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ウィズコロナ時代の「アジア供給網」再編 〈中〉

投稿日時
2020/11/26 01:26
更新日時
2024/08/19 13:22
シャープは液晶パネル生産をしていた多気工場でマスクを生産

サプライチェーン強靭化

市場としてのポテンシャルも秘める

圧倒的な一番人気に推されるベトナム。豊富な労働人口、起用で勤勉な国民性、親日国などその魅力は枚挙に暇が無い。その一方で懸念されるのが賃金上昇だ。

英人材調査会社ECAインターナショナルによると、ベトナムの2019年の平均昇給率は4%、20年は5.1%になる見通しを示した。これは世界でインド(5.4%)に次いで2番目に高く、特にベトナムは長期的にも賃金は伸びていくという。

しかしながら、ベトナムは地域により賃金が全く異なる点も見逃せない。ベトナム北部のハナム省(=表2参照・月額基本給173ドル)やハイズオン省(181ドル)はハノイ市(240ドル)やホーチミン市(257ドル)に比べて賃金水準が2割~3割ほど低い。賃金水準だけで言えばベトナムの地方省ではカンボジア(183ドル)やラオス(164ドル)と同水準で雇用できる可能性があるのだ。

【表2】

また今後、ベトナムは市場として大きな飛躍を遂げる可能性も高い。国際通貨基金(IMF)は2020年のベトナムのGDP成長率は1.6%と予測。GDP規模は3406億ドルに拡大すると見ている。これはシンガポール(3374億ドル)、マレーシア(3363億ドル)を上回り、ASEAN諸国内でインドネシア、タイ、フィリピンに次ぐ4位(昨年は6位)に浮上する見通しだ。

コロナ禍を受け、周辺諸国がマイナス成長に陥っているのに対し、ベトナムはプラス成長を維持していることが順位上昇の主な要因と見られるが、それでもベトナム国民1人当たりのGDPは前年比2.5%増の3500ドルに増加すると予想されている。

一般的に1人あたりのGDPが3000ドルを超えると、家電や自動車など高付加価値製品の消費意欲が高まると言われている。それを裏付けるかのうように、昨年7月にはベトナム地場財閥系のビングループが同国初の国産車VINFASTを発売。2016年に1300億円規模だったエアコン市場は2020年に2000億円規模に到達する見込みだ。ベトナムは、生産拠点だけではない「ポスト・チャイナ」になるポテンシャルをも秘めている。

 

国内回帰を支持する声も

「世界の工場・中国」の稼動停止は世界中に改めてサプライチェーン見直しを付き付けた。生産拠点を中国以外の第三国に移転するのか、自国内に戻すのか。日本経済研究センターと日本経済新聞社が9月実施した上場企業のビジネスパーソン3000人を対象にした調査(グラフ)によると、59.6%が政府の国内生産回帰政策を支持しているという結果が明らかになった。

【グラフ】

また、41.2%が生産拠点としての中国の重要性が低下すると見る一方で、「今後も同程度の重要性を維持する」との回答も35.2%に上った。なお、「重要性を増す」との回答は14.9%に留まり、生産拠点としての魅力はすでに薄れつつあると認識されている。

政府が生産拠点の回帰や国内での生産能力を積極的に支援するロールモデルとなったのが「シャープマスク」に代表される不織布マスクの国内生産だ。シャープ、アイリスオーヤマ、大王製紙、ユニチャームなどが相次ぎ国産マスク生産に着手。2019年まで市場供給の3割弱程度だった国産マスクだが、8月に菅義偉官房長官(現首相)は「市場に供給される10億枚のマスクの約5割が国産」と政策の成果を強調した。

同様に、ドイツでもマスクの「脱中国化」を狙い500社以上がマスク生産に転じた。しかし、感染拡大が和らぐにつれマスク価格が一気に下落。多くの企業がわずか数ヶ月でマスク生産から撤退。再びマスクを中国から数億枚単位で輸入している状況だ。

ドイツでは価格競争力がネックとなり撤退が相次いだが、日本では事情が異なる。それは一定層に「国産」「日本製」に対する絶大な信頼感があるからだ。送料含め4000円近いシャープのマスクだが、いまだ抽選に申し込まなければ購入できない。また、小さめサイズなどのラインナップも増やしたが、こちらも抽選販売となっている。同社の戴正呉会長兼社長は「長期にわたって継続できる事業」と発言しており、「当面は現在の生産量をベースとした数量で推進していく予定」(同社広報)としている。

シャープから3ヶ月遅れで国内生産を始めたのがアイリスオーヤマだ。クリーンルームや製造ラインの新設など30億円の設備投資を行っているが、「原材料も国産」などの付加価値や徹底的なコストダウン、コンビニへの供給などで活路を見出す構えだ。

 

懸念すべきは米国との摩擦

さて、国内回帰や第三国へのサプライチェーン移転が続々と進む一方で、「脱・中国依存」はさほど進まない可能性がある。中国の産業集積は非常に厚く、やはり同国を代替しうる国が見当たらないのが現状でもある。在中国欧州商工会議所のヨルグ・ブトケ会頭は「中国は産業集積、人材、技術、インフラの面で突出した存在である」とし、昨今さかんにサプライチェーン分散化のメリットが強調されるなかで、敢えてデメリットが大きいとしている。

さらに、市場としての中国の重要性や国内生産力も大きなポイントになる。国際通貨基金(IMF)による6月の世界経済見通しによれば、2020年は先進国の成長率が軒並みマイナスに転じる中、中国はプラス1%の成長を維持すると見られている。また、コロナ禍でも中国の生産機能は損なわれておらず、感染拡大の起点となったものの、感染拡大の抑制には概ね成功している。

大きな懸念点はやはり米国との関係性だ。強気な対中政策を打ち出してきたトランプ政権からまもなくバイデン政権に移行する。バイデン氏は選挙運動に中国政府の香港政策やウイグル自治区住民への弾圧を激しく非難するなど、中国に対する厳しい姿勢を明確にしている。それゆえ対中政策は政権が変わっても続く公算が高い。今後も二国間の争いによって、経済状況や製造業に大きな影響が波及すると見るべきだ。

世界最大の人口を抱え、年々所得レベルが向上し中間層の購買力も増している中国は、いまだに魅力的なマーケットとして位置付けられている。前出のビジネスパーソン調査結果でも「市場としての中国の重要性」は42.4%が「今までと同程度の重要性を維持する」、36.5%が「今後も重要性を増す」と8割弱が重要と回答していることからも明らかだ。

生産拠点を中国に据え置き、中国市場もターゲットとして捉えて企業活動を続けるか。国内回帰で生産の強靭化を図るか、第三国への移転でリスク分散を図るか。混沌とした世界情勢の中において、各企業の舵取りはきわめて難しくなろう。

〈下〉につづく