新たな化学物質規制を攻略せよ
- 投稿日時
- 2023/12/22 10:15
- 更新日時
- 2024/08/19 13:20
労災防止の大転換期、ポイントを探る
日本の労働安全衛生が転換期を迎えた。職場に存在する様々な有害物質のうち、事業者に適切な対策が義務づけられる物質が法改正で大幅に増えるためだ。どのくらい増えるのか? その数、実に約4倍(約670物質→約2900物質)である。企業規模に関わらず対応は必須であり、対象の物質を扱うor製造するあらゆる現場が他人事ではない。規制は多岐にわたるが、本特集ではそのポイントをなるべくわかりやすく、かつ選択的に深掘り。ばく露低減と皮膚への接触防止の観点でメーカーへ取材も行った。
Point.1:規制物質が4倍に
2023年4月に通称「新たな化学物質規制」がスタートした。ごく簡単に言えば、職場での扱いに際して様々な義務が課される対象物質が、従来の約670物質から「危険性・有害性が確認されたすべての物質」へと、数年かけて順次拡大する。背景には特化則などの規制対象外の物質による労働災害が後を絶たないことがある。この実情がルールの改正を後押しした形だ。
まずは24年4月に約234物質が、その後も段階的に数百物質ずつが追加される予定だが、注意したいのは上述の2900物質が最終的なゴールではないことだ。2900はあくまで国による「GHS分類」(危険有害性判定)ですでに危険性・有害性が認められている物質の数。今後も毎年50~100物質がこれに加わる見込みで、仮に扱う物質が現時点で規制の対象外でも、事業者は状況を随時把握する必要がある。
Point.2:個別具体的→自律的管理へ
これまでの化学物質規制は、一部の危険な物質に対し、特化則などで個別具体的な対策が義務付けられていた。つまり「何をすべきか」を示す詳細な実施事項が定められていたのだが、これが「法令を遵守していれば良い」という、対策による「結果」を軽視する意識につながりかねないとの指摘もあった。
これを受けて新たな化学物質規制では、規制される物質の対策方法に決まりきったルールが定められていない。その代わり事業者にはばく露の最小限化などの「結果」の遵守が求められ、そのために必要な手段は事業者が自ら自律的に判断しなければならない。化学物質管理者の選任も24年4月から必須だ。
Point.3:ばく露濃度の低減を
規制の対象物質が2900種類+αになることは先述のとおり。今後はこの物質を扱う事業者は、リスクアセスメントを行ったうえで作業者が対象物質にばく露される程度を「最小限に抑える」義務を負うことになる(義務化は23年4月にすでにスタート)。なお対策には優先度が決められており、①物質の代替→②発生源を密封する装置または局所排気・全体換気装置の設置・稼働→③作業方法の改善→④有効な呼吸用保護具の使用―の順だ。つまりまずは対象物質を無害な物質に代替できないかを検討し、それが難しければ物質を密封する設備や換気装置の導入を検討することになる。
なお先述の2900物質のなかでも、特に濃度基準が定められた物質については作業者のばく露の程度を濃度基準値以下にする必要がある(24年4月から)。また2900物質以外、GHS未分類の数万種の物質もばく露を最小限化する努力義務があることに留意したい。いずれにしてもばく露濃度の最小限化という「結果」の遵守が求められる以上、現場の実情を正しく測定することが重要になる。
Point.4:皮膚への接触を防止せよ
規制の対象物質が2900種類+αになることはすでに繰り返し述べた。このうち皮膚や目への障害を起こしうる物質を扱う事業者は今後、その有害性に応じて作業者が物質に触れないように適切な保護具を着用させなければならなくなる。
健康障害を起こすことが明らかな物質を扱う現場では、適切な保護具(保護手袋や不浸透性の保護衣など)の着用が24年4月から義務となる。一方、健康障害を起こすおそれがないことが明らかではない物質を扱う現場でも、適切な保護具の着用が努力義務となる(23年4月にスタート済み)。言葉遊びのようで飲み込みにくいが、つまりは健康障害の有無がグレーな物質も含めて適切な保護具を着用させなければならないということだ。
なお、この対象には皮膚への具体的な刺激がある物質のほか、その場では何もなくとも経皮吸収で数十年後にがんを引き起こすような物質も含まれる。
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ここまで新たな化学物質規制のポイントを綴ってきたが、これは規制の全体像からすればまだ一部に過ぎない。たとえばラベルやSDSによる伝達義務など、ここで触れることが叶わなかったルールも多数あるからだ。強調したいのは規制の対象物質が大幅に増えることと、自律的な対策・管理体制の確立が必要となること。そして誰もが他人事ではないことだ。新たな規制はすでに走り出している。一刻も早い対応が求められる。
メーカーインタビュー
昭和電機、新たな規制にエンジニアリング力で対応
有害物質の排気や集塵、暑気対策まで。風の総合エンジニアリングメーカー・昭和電機のもとには様々な相談が寄せられる。頼られる理由は業界でも稀な対応力だ。メーカーながら作業環境測定機関の登録を受ける同社は、現況の把握から客観的評価、改善提案、その後の定期診断まですべてを自社で担う。増え始めた「新たな化学物質規制」に伴う相談事にも、社内に擁する専門家の知見と風のノウハウをかけ合わせた最適な提案を行う構えだ。
エンジニアリングによる適切な換気を実現した例
送風機メーカーとして知られる昭和電機は、風にまつわる様々なサービスをワンストップで担うエンジニアリング集団でもある。例えば有害物質の排気の場合、同社は作業環境測定による現状把握から換気設備での対策、その後の点検・メンテナンスまでを自社で完結してしまう。社内に作業環境測定士や労働安全衛生コンサルタントを擁し、測定機などのリソースを揃えるからこそのワザだ。「総合的なアドバイスが我々の強み」と担当者は力を込める。「法改正があっても法的な説明から測定、プッシュプル換気装置を含めた改善提案まで一気通貫に対応できる。同じことができる企業は相当、限られるはずです」
この『法改正があっても』というのは、2023年4月に施行された通称「新たな化学物質規制」を念頭に置いたものだ。リスクアセスメント義務の対象物質が従来の約670から約2900へと段階的に増え、対象物質を扱う現場はばく露を最小限に留めるべく適切な対策が求められる。周知はまだ道半ばで「今は一部の大手企業から順に動き始めている段階」(担当者)だが、対応の要否と企業規模は関係がないためあらゆる業種・業界の企業が他人事ではない。実際に同社のエンジニアリングチーム(以下EGチーム)には、すでに様々な相談が寄せられているという。
「新たな化学物質規制は徐々に浸透してきたと感じます。やはりシビアな薬品を使う企業は動きが早い印象ですが、それに限らず今後も相談は増える一方でしょう。我々も作業環境測定士などの資格保有者を、EGチーム内から増やそうとしています。気流の基礎を知る我々が資格を取ることで、はじめてワンストップ対応が可能だと考えているからです」
同社によれば換気装置の能力は、組み合わせや置き方次第でまったくの別物にもなり得るという。「我々は自分たちの換気装置が日本イチだと自負していますが、それは性能もさることながら置き方がうまいから。どこにどう置けば換気がうまくいくかを見出すノウハウをEGチームは鍛え上げており、極端な話、他社の設備を購入して配置し、他社より高い効果を上げることもあります。現場を見て、そこに合うシステムを作れば効果は段違いに上がる。提案力が我々の強みです」
同社がEGチームを発足させ本格的にエンジニアリング領域を手がけはじめたのは約5年前。しかし他社製送風機などのメンテナンスすらいとわない姿勢が現場に刺さり、今は大手企業などから相談が寄せられる年商10億円規模の事業に育った。
担当者は「困ったらとりあえず声をかけてほしい」と語る。「例えば新たな化学物質規制の解釈がわからないというご相談でも、有資格者による適切なアドバイスができます。『何から手を付けて良いかわからないから、とりあえず』でもウェルカムです。どうぞお声かけください」
ショーワグローブ、手袋一筋70年で培った知見は耐薬品にも
有害な化学物質に触れざるを得ない現場で、作業者の安全を守るのは今も昔も保護手袋だ。世界初の塩ビ製手袋を開発したことで知られるショーワグローブは、安全性と機能性を両立した手袋で手の安全を守ってきた。耐薬品手袋でも高い支持を得るが、2023年4月からは新たな化学物質規制がスタート。「専業メーカーの知見を活かしてできる限りのことをしたい」と、変化に備える構えだ。
ショーワグローブは厳格な検査を行った信頼性の高い耐薬品手袋を展開
まもなく設立70周年を迎えるショーワグローブは、手袋におけるトップランナーの1社だ。機能性と安全性に定評のある手袋を家庭向けから産業向けまで幅広く供し、ユーザーの支持を獲得。例えば動きやすさひとつ取っても、同社は開発に用いる手型を外注せず自ら製作するなど妥協がない。「いくら柔らかい素材でも手の形に合わなければ十分な性能を発揮できない」(同社)ためで、フィット感を追求すべく長年培った知見を活かし、最適なモデリングを行っている。このエピソードからも、使い手への高い意識がうかがえるだろう。
一方、2023年4月からはじまった通称「新たな化学物質規制」は、保護具の着用にも大きな影響を与えることが確実視される。すでに健康障害を起こすことが『明らかな』物質を取り扱うまたは製造する場合には適切な保護具の着用が努力義務化されており、24年4月からは義務化へとフェイズが進む。健康障害を起こす恐れが『ないことが明らかなもの以外の』物質を取り扱う場合の適切な保護具の着用も、23年4月に努力義務がスタートした。
こうして書くと非常に飲み込みづらいが、要するに明らかに健康障害を起こす物質を扱う現場は、24年4月から適切な保護具の『着用義務』が発生。健康被害の有無がわからないグレーゾーンの物質を扱う現場は、適切な保護具の『着用努力義務』がすでにスタートしているということだ。
この状況を受けて同社のもとにも相談が届き始めているが、一方でこの問題に関する対策は一朝一夕には難しいことも予想される。
「我々は化学防護手袋のJIS T8116規格に沿い、代表的な化学物質に対してそれに適する手袋の耐性試験を行い、データを取得しています」と同社は言う。「その薬品に対してどの手袋が推奨されるかのデータをユーザーへご提供するわけですが、一方で新たに規制される化学物質は非常に多岐にわたる。薬品は単一の薬品もあれば複数の物質の混合物もあり、濃度や環境によっても事情が違うため一律に語れません」
「まずは相談いただき、我々もそれに応じた試験や開発を行うことでお互いの知見を高めるサイクルを回すのが理想です。70年で培った知見を活用し、現場のお悩みに寄り添っていきます」
(2023年12月25日号掲載)