インタビュー
井口一世 井口一世 社長
サブミクロンの板金加工を実現する機械、環境、人材へのこだわり
- 投稿日時
- 2025/12/24 11:22
- 更新日時
- 2025/12/24 12:34
勝ち残る板金加工現場
板金加工でありながら、金型に匹敵、あるいはそれを凌駕する精度を実現する――。埼玉県所沢市に拠点を置く井口一世は、欧州製工作機械を中心に据え、除去加工に頼らざるを得なかった工程を板金加工で実現する。オンリーワンのサプライヤーとして数多くのメーカーから厚い信頼を得ている独自のモノづくりについて、同社を牽引する井口一世社長に話を聞いた。

井口一世 井口一世 代表取締役社長
2001年、井口一世社長は「逃げも隠れもしない」という不退転の決意で自身の名前を冠した会社を立ち上げた。精密加工イコール除去加工、というものづくりが主流の中、金型レス、切削レスを掲げた精密板金加工への挑戦は異例とも言えるものだった。
井口社長が最初に導入したのは、欧州製のレーザー加工機。日本製・欧州製を含め多くの工作機械を比較検討した結果、最終的に選んだのは欧州製の機械だった。「日本製の機械だから出来ない、というわけではなく、ただ決定的な要件が違いました」と述懐する。
導入した機械もそのまま使うわけではない。自身もプログラミングへの知見を豊富に持つ井口社長は、機械をカタログスペック以上の性能へとブラッシュアップ。これがただの設備投資にとどまらない、同社の大きなアドバンテージとなっている。

独WERTH社のマルチセンサー座標測定機
現在も同社の主力設備は欧州製が中心だ。円安による価格高騰という逆風の中でも方針は変えない。その理由を問うと、返ってきた答えは意外にも「かっこいいから」と笑顔で話す。
ともすれば感覚的な答えだが、その背景には明確な人材観がある。平均年齢30代前半という若い現場が誇りを持って向き合える工作機械であるかどうかを重視している。設備は単なる生産手段ではなく、人と品質をつなぐ存在だという考え方が根底にある。
同社が実現する加工精度は、条件が整えばサブミクロン領域に達する。板金加工としては異例の数値だが、その下支えをしているのは高度な職人技ではない。機械性能の底上げや独自の加工技術と並んで重視しているのが、測定機器への徹底的な投資だ。
工場内には世界最高峰クラスの測定機がズラリと並び、「日本に一台しかない」という独WERTH(ベアト)社のマルチセンサー座標測定機は、分解能1ナノという超高精度の測定を実現する。
「作れることより、測れることの方が重要」。井口社長はこう断言する。工作機械のわずかなズレを数値として捉え、統計処理し、加工条件にフィードバックする。この積み重ねによって精度は再現性を持つ。「経験や勘に頼る余地はない。ものづくりは技能ではなく、サイエンス」という姿勢が一貫している。
NC装置に対する見方も特徴的だ。日本製NCと欧州製NCの違いについて、「本質的な差はない」と語る。重要なのはメーカーごとのチューニング特性を理解し、補正を前提に使うことだという。「100㍉動かせと指示して、実際に100.00㎜になることはない。その誤差をどう扱うかが、ユーザー側の技術」と語る。
■技術的優位の根幹
現在の同社における月間加工点数は約6000種類と多品種少量生産が中心だが、機械の稼働率は6割以下。多くの加工現場における「機械は動かしてナンボ」という常識とは一線を画した運用を意図的に行っている。その理由を「欧州の工作機械では8割稼働なんて怖くてできません。機械に余力を持たせることで、精度と安定性を守っています」と明かす。
精度を担保する上で、工場環境にも強いこだわりを見せる。閑静な住宅街に囲まれた所沢拠点は窓のない建屋、徹底した正圧管理に加え、温度は±1〜2℃で制御されており、クリーンルームに近い環境での加工を実現している。

整理整頓が行き届いた工場内
井口社長は地盤や振動、空気中の埃まで含めて精度に影響する要素と捉えており、「(工場のある)所沢は地盤が安定しており、地震など自然災害にも強い。住宅街の中に工場を建てたのも大型車による振動を考慮したから」と語る。それは、工作機械メーカーが想定する使用環境を、ユーザー側がさらに突き詰めた結果と言えよう。
こうした高精度志向は、働き方にも直結している。厚生労働省の働き方改革事例で紹介されている通り、同社は女性が全社員の6割を占め、長時間労働や属人的技能に依存しない体制づくりを進めてきた。少人数でも高付加価値を生むためには、無理な稼働ではなく、再現性のある仕組みが不可欠になる。
同社の現場にいわゆる熟練技能者はいない。必要なのは数学、物理、化学といった基礎理論だ。数値で理解し、再現できるからこそ、短い時間で成果が出る。また井口社長のモットーは「なんとかなる」。同社には失敗を恐れずに挑戦できる文化と環境が整っている。結果として、残業に頼らない働き方と高い付加価値が両立する。働き方改革と高精度加工は、同社にとって別々のテーマではなく、同じ延長線上にある。
設立以来、景況に左右されることなく順調な成長曲線を描いてきた同社。使えば使うほど寸法精度が変わってしまう金型加工に比べ、板金加工は品質の安定性で大きく勝る。
加えて金型は物理的にも法的にも長期保管が難しい。こうしたなか、同社がこの12月より新たに始めたのが「サービスパーツセンター」だ。これはパーツの加工を金型から金型レスに置き換え、補修部品などを一元管理・供給するもの。
井口社長は「金型レス加工は、メーカーにとっても品質、コストの両面でメリットがあります。今後も従来、金型を使用してきた現場からの置き換えは加速するでしょう」とさらなる自信を見せる。
(日本物流新聞2025年12月25日号掲載)