インタビュー
佐久間建具店 佐久間 和男 さん
- 投稿日時
- 2025/01/28 13:48
- 更新日時
- 2025/01/28 13:53
オリジナル家具に神奈川県産スギ材を活用
建具技術を後継者育成で次代に繋ぐ
昔の日本の建物にはスギ材がふんだんに使われてきた。日本書紀には「スギとクスノキは舟に使え」といった記載があり、正倉院の宝物はスギ材の唐櫃に入れられて保存されていたなど、日本人にとってなじみ深い材木だ。

さくま・かずお 1959年神奈川県生まれ。建具職人であり、佐久間建具店の創業者である父の背中を見て育ち、小学生の図画工作の時間には作業場の端材を使って火の見櫓の模型をつくったり、中学生の頃からはアルバイトとして製品を納める手伝いをするなど建具仕事を身近に感じながら育った。そのため、建具職人になり家業を継ぐことは「周りの雰囲気を含め当然の流れでした」と振り返る。「私は他の方と違って特殊な技能は持っているわけではない」としながらも、2020東京パラリンピック競技大会の聖火トーチ台の作成を取り纏め、神奈川県知事の会見用バックボードの製作を手掛けるなど、佐久間さんの技術力に対する信頼は厚い。
【令和6年選出:現代の名工】木製家具・建具製造工
戦後の復興を支えたのもスギ材であったが、1964年に施行された木材輸入の全面自由化によって、国産材よりも安価、大量、安定的に手に入る輸入材が市場を独占。60年代に約9割あった木材自給率は、今や2割程度まで落ち込んでしまっている。さらに、流通量の低さから伐採時期を過ぎた杉が放置されたことで、花粉や土砂災害のなどの問題が引き起こされており、ようやく政府も重い腰を上げようとしている段にある。
木製建具職人である佐久間建具店の佐久間和男さんは20年以上前から、国産のスギ材、特に地元である神奈川県産のスギ材を活用した家具ブランド「杉彩」の開発・製造・販売を進め、県内の森や森林の保全活動を推進してきた。
「県内で森林整備やスギ材の利用を進めていくためにも、出口としてどうスギ材を活用するかが問題となると考えていました。そのころに、家具デザイナーの小田原建さん(故人)との出会いがあり、スギ材を使った家具を思いつきました」
一般的にスギ材は柔らかく加工がしやすい反面、傷がつきやすく耐久性に難があるとされる。そのため、障子やふすまなどの建具には多く利用されていたものの、家具には適さないと考えられ使用されることが少なかった。
神奈川県産杉を使用した家具ブランド「杉彩」の廃番モデル。重厚な見た目だが片手で軽々持ち上げられる。
「クリ材など硬い材木であれば接合したい材の両面に丸い穴をあけ、そこにダボと呼ばれる円筒形の木小片を入れるだけで組み付けられます。しかし、スギ材だともちません。そこで注目したのが、建具づくりの技術である『ほぞ組み』。ほぞ(凸部)をほぞ穴(凹部)に差し込むことで材を強固に接合する技術で、木材特有の繊維方向による強度性質などを生かして組み上げることで、家具でも使用に耐える強度を担保しました」
建具の技術を上手く掛け合わせることで、スギ材特有の「柔らかさや暖かさ」を生かした新発想の家具を生み出した。積極的に宣伝をしているわけではないが、その使い心地を知ったユーザーから「絶えず注文が来る」と言う。
建具の技術を使用してほぞ組みすることで、柔らかなスギ材でも使用に耐えられるようにした。
■後進の育成が使命
24歳で家業を継いで以降、力を入れてきたのが後進の育成だ。建具業界は1人親方である場合がほとんどで、従業員を抱えて経営する会社は多くない。さらに、住宅産業がシュリンクする中で1人でも仕事を続けていくのが難しいが、佐久間建具店は佐久間さんと事務を行う奥さんの他に3人の従業員を抱える(内2名が未経験者での採用)。
「後進を育てるのが使命だと思ってやっています。業界的には厳しいですが、人を雇うのが当たり前だというスタンスで経営していると意外と仕事は来るものです。人が多ければ多いほど業界は盛り上がるはずなので、まずは就業人数を減らさないことを最重要課題だと思って取り組んでいます」
若い職人への技術継承だけでなく、地元の中学生への体験授業には毎年講師として参加するなど、幅広い世代に建具職人の魅力を発信する。記者の「大変ですね」との言葉に、佐久間さんが返した「大変だと思うから大変になる。私も先人に教えてもらって技術がある。それを繋いでいくことが私の使命」との言葉が胸を打った。
【名工愛用の道具】鉋(カンナ)
最近は完成した製品を納めに行く仕事が多く、会社で作業することは減ったが、佐久間さんの建具職人としての技術力を支えてきたのが鉋。20ほどの大小さまざまな鉋を使い分けて、平滑で美しい仕上げ面を実現する。
(日本物流新聞2025年1月25日号掲載)