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インタビュー

ジャパンハイドロ CEO 青沼 裕 氏 
水素混焼エンジンタグボートから始まる水素燃料船、本格普及への道のり

投稿日時
2026/03/11 15:20
更新日時
2026/03/11 15:49

浮かぶ水素ステーションでインフラの壁も打破

常石グループとベルギー・CMB社の合弁会社ジャパンハイドロ。同社は昨年、国内初の水素混焼エンジンタグボート「天歐」を竣工させ、今年には水素×バイオ燃料による世界初のゼロカーボン航行にも成功した。青沼裕CEOは、高負荷なタグボートで実績を積むことで、カーフェリーなど内航船への技術転用を加速させる構えだ。洋上水素供給インフラの自社開発や他社への技術開放も視野に、水素燃料船の普及に向けた先鞭をつける。

青沼裕CEO、国内初の水素混焼エンジンタグボート「天歐」を前に

――2021年に竣工した水素混焼エンジン旅客船「ハイドロびんご」に続き、水素燃料タグボート「天歐」を竣工されました。なぜ次なるターゲットがタグボートだったのでしょうか。

「理由はいくつかあります。1つは、普及を見据えたときに水素の充填インフラという壁をクリアしやすい点。タグボートは特定の港で働く『港付き』の船ですから、供給拠点が1カ所あれば運用が成立します。2つめは、乗船するのがプロの船員のみであること。そして3つめが、タグボートの特性である『重量』です。通常の船は軽くなければ積める荷が減ってしまいますが、自分より重い船舶を押し引きするタグボートは、むしろ自重が必要。『錘を載せる代わりに水素タンクを載せる』感覚で設計できます。新技術による重量の増加がマイナスにならず、むしろプラスに作用する。代替燃料と相性の良い船種なんです」

――大型船の離着岸をサポートするうえで重さがメリットに転じるわけですね。

「それに加えてエンジンに対する負荷が高いのも理由。この領域で問題なく水素が使えることが証明できれば水素エンジン技術の横展開に弾みがつきます。天歐が担う大型船の着岸はデリケートかつ一瞬の遅れも許されない作業。潮流や波の影響がある中で天歐で押し曳きするときも、『ちょっと待ってください!』とはいかないんですよ。ちょっと待っている間に岸壁にドーンとぶつかってしまう。しかも天歐のエンジン出力は一般的な内航貨物船と同等(2200馬力のエンジンを2基搭載、計4400馬力級)とハイパワーです。この馬力で急発進、急加速、瞬時のリバースという過酷な負荷状況に耐えられれば、横展開に大きな説得力が生まれます」

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天歐の全体像(広島県福山市、常石工場内にて)

――あえて高い山を最初に持ってきたわけですね。すると開発における技術的なハードルも多かったのでは。

「ええ、水素はとにかく『よく燃えすぎる』物質です。燃焼速度が速すぎて瞬発力だけで終わってしまい、粘り強いトルクを出しにくいのが水素ガスのエンジン利用における一般的な課題。これを解決すべく天歐は混焼方式を採用しました。A重油と混合することで、通常のエンジンと遜色ない性能を確保しています。万一、水素系統に問題が生じた際にA重油のみの運転に切り替えることで運用を保つこともできます。また、高温燃焼によるシリンダーの破損やガス漏れを防ぐため、熱が伝播しにくい形状を追求するなど、エンジンメーカーと共に1つずつ解決していきました」

――安全面で課題はありましたか。

「配管を二重構造にするなど確立された安全基準を満たしていますが、これはコストとの兼ね合いを除けば技術的にはそう難しくない。むしろ最大の『鬼門』は、ガスバルブユニットの制御でしたね。天歐は船内でガスの圧力を上げず、タンクから下げて供給する仕組みですが、エンジンの急な要求に対して供給が少しでも遅れればエンストしてしまいます。(1)必要量を常に計算し、(2)水素を使い続けられる機構を採用し、(3)複数のバルブを組み合わせて精密に制御する。この3つのノウハウの組み合わせが天歐の肝で、デリケートなデザインが要求されるため内容を一般には開示できないブラックボックスです」

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天歐には水素タンク36本を搭載し水素とA重油混焼で3~4時間の航行が可能

――天歐での技術的成功が、すでに次のプロジェクトの呼び水になっています。

「現在、我々は水素エンジン搭載の大型カーフェリーの開発も手がけています。これは670人の乗客と車100台を運ぶ大きな船ですが、このプロジェクトが形になりつつあるのは、まさに天歐の存在があったからです。タグボートという厳しい環境でこれだけのパワーが出せ、運用に耐えられると証明できたからこそ、『この馬力が出るならカーフェリーもできる』という確信に変わった。まさに意図した展開です。高い山を最初に登り切ったことで、内航分野での横展開が走り出しています」

■水素船普及には動機付けとインフラ必要

――国内では約400隻のタグボートが稼働中と聞きます。今後水素船の本格普及に向けた絵をどのように描くべきでしょうか。コストが課題になりそうですが。

「前提として、燃料電池船や電動船は水素エンジン船よりさらに高価。現状の技術では代替燃料船で最も経済合理性が高いのが水素混焼エンジンだと断言できます。ただそれでも船価は通常の船舶と比べ高く、水素燃料も高価です。下げる努力は続けますが量産効果を鑑みても通常の船より船価が低くはならない。正直に申し上げて、民間企業の努力だけでこのギャップを埋めるのは限界があります。また、造船所の立場から見ても、代替燃料船を作るメリットが現状では乏しい。手間がかかるため、例えば年間10隻作れる能力がある造船所でも、水素エンジン船だと8隻しか作れない。それなのに1隻あたりの利益が変わらなければ、売上も利益も減ってしまう。これでは造船所も二の足を踏みます」

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天歐に搭載された水素混焼エンジン(2200馬力)

――船主側にとっても高い投資をするインセンティブが必要。

「その通りです。株価は正直ですから、経済合理性のない投資をすれば株主への背任になりかねない。ですから、国や自治体を巻き込んだスキーム作りが不可欠です。欧州のように、脱炭素性能が低い燃料の使用に罰金を科すカーボンプライシングのような仕組みや、水素エンジン船を選択することによる+αのコストを国が直接負担する制度。通常の船を使うより、水素エンジン船を使ったほうが総合的に『安い、あるいは同等』というところまで人為的に下駄を履かせない限り、普及は絶対にしません。ですから、我々は現状『水素でしか動かない船』はおすすめしていません。今の水素供給状況だと動かせない船になる懸念があるからです。専焼・混焼は船主の運用計画や要望に応じて使い分けるべきと考えています。例えばカーフェリーは注目が集まりやすいので、100%水素によるゼロエミッション航行もできた方が営業戦略的にプラスでしょう。タグボートはそこまで求められないので天歐のように水素とA重油の混焼で、水素が足りなくても毎日稼働を維持してランニングコストをカバーできる。船主のニーズに合わせ、最適な解を提示するのがジャパンハイドロの姿勢です」

――水素価格も当面は下がる見通しが立ちません。

「燃料費は我々の範疇外ですが、最初は経済合理性から『1カ月だけ水素を使い、残りの11カ月は重油で動かす』運用でもいい。そういう船が増えれば、水素の需要が生まれ、供給も増え、いずれ制度も付いてくる。ただ天歐のような水素で走る船がなければ、そもそも循環そのものが生まれ得ない。需要が先行しなければ、絶対に制度もついてきません」

――コスト課題と並び、水素船普及の壁が供給インフラです。これに対し貴社は本来の造船業の領分を越えてでも、自らステーションを開発するというユニークなアプローチを採っていますね。

「船舶が使える水素供給拠点は現在、国内に数カ所しかありません。タグボートを運用したい船主がそういった設備がない名古屋にいれば、その時点で詰んでしまうんです。本来、インフラ整備は我々の専門外かもしれませんが、船とステーション、この両輪が揃わない限り普及も難しい。だからこそ、我々が自ら『浮かぶ水素ステーション(洋上供給設備)』を設計・開発しました」

――陸上ステーションと比べどのような利点があるのでしょうか。

「最大の利点は、土地という物理的な制約から解放されることです。船に燃料を供給するには水辺である必要がありますが、さらに人家から離れ、周囲に火の気がない場所……と絞り込むと、適地は驚くほど少ないのが現実です。しかし洋上なら土地を買わずに済みますし、曳航して全国へ動かすこともできる。台風の時は安全な場所に避難させ、普段は港湾の負担にならないスペースに停泊させておける。利便性が全く違います」

――台船の上にステーションを設ける構想ですよね。

「そうです。台船の上に水素ステーションを丸ごと載せ、水素トレーラーをそのまま停車させておける設計にしています。これが実現すれば、陸上での大規模なインフラ工事や投資はゼロで済みます。船の燃料補給は、元々『はしけ(小舟)』で洋上まで届けに行くのが常識です。水素も同じ。水素船が普及した先には、沖合に停泊した船に水素を運んで洋上で補給する形がゴールになるはずで、この洋上ステーションはその必須ピースです。我々が供給の選択肢を用意することで、船主は初めて安心して水素エンジン船を選択できる。この洋上ステーションは既に建設が始まっており、夏頃には具体的な成果をご報告できると思います」

■次世代燃料船が『当然』の未来へ

――世界的に見て、日本の水素燃料船の立ち位置はどうなっているのでしょうか。

「現在、世界中で動いている舶用エンジンの設計図は、その多くが欧州製です。ですから、日本は舶用エンジン単体の技術では必ずしも世界の先端とは言えない。しかし、ルールや安全性、そして過酷な現場での使い勝手を担保した上で、船として『パッケージング』する技術に関しては、今回の天歐とカーフェリーをもって、間違いなく世界最先端、トップランナーになったと自負しています。飾っておく船は簡単ですが、実際に運用できる船として成立させるの部分にこそ造船業の競争力がある。天歐は今までのタグボートとほぼ変わらない使い勝手を実現しています」

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天歐の操舵室にて。操作はほぼ従来のタグボートと同じという

――2050年カーボンニュートラルを鑑みれば代替燃料船の普及を加速させる必要があります。50年から逆算し、10年後の日本の海はどうなっているべきだとお考えですか。

「2050年のカーボンニュートラルから逆算すれば、実はもう時間は残されていません。当初国が設定したロードマップでは、2030年ごろにゼロエミッション船を様々な造船所が普通に建造できる状態になっていければ間に合わないので。それを踏まえて少なくとも10年後には『天歐のような船を作りました』と言っても、もはや皆さんが取材に来ないようになっていてほしい(笑)。ニュースバリューがないくらい、主要な港に水素以外も含めた次世代燃料船が普通に『いる』。マジョリティではなくても、それが当たり前の景色になっていないと遅すぎる。それが2050年に間に合わせるための前提条件です」

――そうした未来を実現するためには、常石グループ以外の造船所でも水素エンジン船の建造が進まなければいけませんよね。

「ええ、それが元々このジョイントベンチャー設立時からの理想で、この技術を常石グループだけで囲い込むことは必ずしも意図していません。水素エンジンのテストセンターも国内外に開放していて、実際に他の造船所が見学に来ています。造船所には得意分野があり、1社で作れる船の種類も数も限られます。この技術を囲い込むより、水素エンジン船を普及させる方がビジネスの観点でも重要なんです。業界ではよく『一番風呂』と表現しますが、先陣を切るのが最も怖い。熱いか冷たいかわからないからです。そこは今回常石グループが率先して取り組み、こうして船が竣工したわけですから、他社にもそこを参考にしてもらえればいい。普及が何より優先です」



(日本物流新聞2026年3月10日号掲載)