インタビュー
鳴門屋 会長 馬戸 博 氏
「山あり谷ありで努力一筋60年」
- 投稿日時
- 2026/02/25 14:59
- 更新日時
- 2026/02/25 15:03
ブラシに重なる日本の工業史
鳴門屋 60周年インタビュー
創業者・馬戸博会長に聞く
1966年2月に各種工業用ブラシの製造卸として創業した鳴門屋は、工業用ブラシから歯ブラシまで、文字通り「ブラシ」と名の付くあらゆる製品を手掛けてきた。そこから派生したゴルフ用「ブラシティー」なども話題を集め、同社の技術と遊び心を象徴している。創業から60年を迎えた同社の創業者・馬戸博会長に「山あり谷ありで努力一筋」の歩みを聞くと、それは単なる一企業の歴史ではなく、ブラシという小さな部品を通して見た日本の工業史そのものだった。職人の手のぬくもり、現場の匂い、そして時代のうねりが、言葉の端々から立ち上ってくる。

――鳴門屋の社名の由来と創業までの歩みは。
「淡路島出身で、自分で言うのはおこがましいですが、『大阪に出て一旗揚げ、故郷に錦を飾ろう』という思いがありました。戦後の日本を生きる若者は、みんな多かれ少なかれそんな夢を抱いていました。そこで、荒々しくも美しい鳴門のうず潮を社名とロゴのモチーフにしました。ブランド名はNSK(N=鳴門、S=製作、K=株式会社)。重なり合う円で、うず潮の力強さと循環を表現しています」
「15歳で大阪に出ましたが、当時のブラシ業界は淡路島出身者が半分ほどを占めていた気がします。就職というより『丁稚奉公』。 始発列車の音で目を覚まし、夜遅くまで働く毎日。配達から始まり、注文取り、営業……商売のいろはを5年間で叩き込まれました。その後、取引先の製造協力会社が独立することになり、営業全般を任され、商売の面白さと厳しさを身をもって学びました。そして28歳、腹を括って独立を決めました」
――独立後の苦労と成長は。
「屋号を『鳴門製作所』とし、生野区で1966年2月2日、結婚記念日に独立しました。翌年2月に株式会社化し、現在の鳴門屋に改称しました。当初は円満独立でしたが、やがて元の親方企業と商売敵になり、業界内に『破門状』のようなはがきが回ることもありました。職人さんにも圧力がかかりましたが、それでも約8割がついてきてくれた。その時の恩義は一生忘れません。以来、『職人を大切にする』ことが我々の揺るがぬ社是になりました」
「4、5年で経営は落ち着いたものの、オイルショックが襲いました。資材は高騰し、仕事は減る。しかし、創業時に築いた信頼関係と、何より“納期を守る”という愚直な姿勢が評価され、乗り切ることができました。QCDという言葉もない時代でしたが、職人さんのプライドを守りながら品質と納期を守ることが、会社の命綱でした」
■価格競争を脱した「デファクトスタンダード戦略」
――転機となったブレークスルーは。
「標準品を仕入れて売るのではなく、自社主導で委託製造する独自商品に踏み切ったことです。フランジを大きくして剛性を高め、現場の使い勝手を徹底的に改善しました。最初は不安でしたが評判を呼び、やがて業界の『規格品』になりました」
「さらに線材を強化し、耐久性を高めたことで支持を得て、他社も追随しました。今風に言えばデファクトスタンダード戦略です。それまでの価格競争から脱却し、『良いものを、正しい価格で』売れる体制を築けたことが、80年代以降の大きな成長につながりました。あの決断がなければ、鳴門屋は今の姿ではなかったでしょう」
――大きなピンチもあったと聞きます。
「大口卸先の倒産で売掛金が回収できなかったことが一番つらかった。中小企業倒産防止共済で急場はしのぎましたが、返済が重く資金繰りは厳しかった。それでも職人さんや従業員を路頭に迷わせるわけにはいかない、という一心でした」
「その後の阪神・淡路大震災の復興需要と、神戸の大手企業のサプライチェーンの一部を担うことになり、ようやく息を吹き返しました。苦しい時代を支えてくれた取引先や職人さんへの感謝は、今も胸に刻まれています」
――新規事業への挑戦は。
「消費者や歯科衛生士の意見を取り入れた円筒型歯ブラシ『ブラシケア』や、ゴルフ用『ブラシティー』を自社製造しています。ブラシケアはどの角度からでも均等に磨け、歯ブラシと舌ミガキを兼用できるのが特長です」
「ゴルフのボールを置く『ブラシティー』はナイロン毛を採用し、振り抜きやすく飛距離が出やすいと好評です。私は阪神ファンでもあるので、黄色と黒のデザインでタイガース承認も取得しました。販売規模は大きくありませんが、鳴門屋の技術と精神を伝えるブランディング商品として、大きな意味を持っています」
――現在と今後の展望は。
「“ブラッシュアップ”という言葉があるように、工業ブラシはモノづくりの品質を支える不可欠な存在です。市場は縮小傾向にありますが、無理に抗うのではなく、効率化しながら緩やかにコンパクト化を進めています。従業員に無理を強いることはしません」
「『ブラシの110番』を名乗る以上、めったに売れない特殊品も在庫し続けます。一方でオーダーメイド品にもさらに注力し、我々にしかできない仕事を磨いていきたい。取引先にも貢献し、職人を守りながら、強靭でしなやかなコンパクトカンパニーを目指します。60年の歴史に恥じぬよう、次の世代に誇れる鳴門屋を残したい――それが私の願いです」

社屋
(日本物流新聞2026年2月25日号掲載)