連載
けんかっ早いけど人が好き Vol.98 岩貞るみこ氏(自動車評論/作家)
- 投稿日時
- 2025/06/09 16:13
- 更新日時
- 2025/06/09 16:16
日本武道館
武道館に行った。以前は、ライブ会場の最高峰といえば武道館だった。ミュージシャンは「いつかは武道館」と目指していたのだ。私のライブ初体験も武道館だ。今や昔のベイ・シティ・ローラーズである。なにを隠そう、初武道館では最前列を引き当てた。夢のような体験が一気に私をライブ好きにし(ここで人生のライブ運を使い果たした気もする)、その後は、クイーンだ、キッスだと通いまくった。中学生にとって武道館は大きかった。物理的にも精神的にも。ミュージシャンの夢の頂点。聖地。大勢の大人たちに囲まれ、すごい世界だときらきらした空間に酔いしれたものである。

武道館の天井に掲げられた日本国旗
しかし、その後は東京ドームができアリーナができ、さらには巨大スタジアムも作られた。私の推しのライブはメンバーが豆粒ほどにしか見えなくなり(ライブ運がないため、いつも席は後方)、ステージ後ろのスクリーンに映し出された顔に向かって声援を送るようになった。
そんな日々のなか、友人に誘われて久しぶりに、改めて数えると40年以上ぶりに(驚愕の数字)武道館に行った。今回はライブではなくポッドキャストのイベントである。ゆえに私の興奮もそこまで高くなく地下鉄の九段下駅(最寄り駅)に着き、なんとなく見覚えのある入り口にきたのだが、そこからだ。チケットをもぎってもらいステージの見える開場の中に入ったとたん、一気にあの頃の記憶がよみがえってきたのである。ばーん!
なにがそうさせたかって、匂い。そう、武道館の匂いである。そんな40年以上前の匂いを覚えているのかと言われたら「そうだ」と言い切る自信はない。しかし実際、私は遡上するサケか? と思うほど会場の匂いになつかしさを感じ、故郷に帰ってきた気がしたのである。見上げると日本国旗が揺れている。これぞ武道館。私の人生の軸を築いた場所である(大袈裟)。
私の目に映る武道館の会場は小さかった。ステージ上の人の表情もはっきりと見える。これが、成長したということか。よかった。精神年齢が15歳で止まっていると自覚している私は反省することも多い。しかし武道館ははっきりと、私は成長していると教えてくれたのだ(違う気もするけど、まあいいや)。武道館はやはり心の故郷なのである。
(日本物流新聞2025年6月10日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)
神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『こちら、沖縄美ら海水族館動物健康管理室。』(講談社)