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けんかっ早いけど人が好き Vol.85 岩貞るみこ氏(自動車評論/作家)
- 投稿日時
- 2024/11/25 11:07
- 更新日時
- 2024/11/25 11:10
名物にうまいものあり!
名物にうまいものなしとは、よく言われる言葉である。なぜ、うまいものがないのか。その土地土地で、歴史と文化を受け継いできた素材と手法ゆえ、現代の味覚と乖離してしまうのだろうか?
いや、しかし! 名物とはそういうものだ。世の中に迎合してはいけないのである。 名物にうまいものなしという人に「だまらっしゃい! これを食べてみろ」と反旗をふりまわすほど美味しいものがあることを知って欲しい。ここで独断と偏見の私のベスト3をご紹介したい。
その一。誉の陣太鼓(熊本)。初めて食べたのは中学生のとき。従兄弟の兄ちゃんの出張土産だった。小豆のつぶが立つ餡子が固められて太鼓のような形で、中には求肥が入っている。つぶつぶ小豆の歯ざわりともっちりした求肥のコントラストが絶妙で、衝撃的な美味しさなのである。
その二。萩の月(仙台)。社会人になったときに、会社の先輩がお土産でくれたもの。ふわっふわのスポンジの中に、やさしい甘さのカスタードクリームがびっしり入っていて、ひとくちかじるとほろほろとほどけるように口のなかに広がっていく。何じゃこれはとびっくりしたものだ。
その三は、栗きんとん(岐阜)。栗の産地といえば長野や茨城が挙げられるが、岐阜も負けていない。栗きんとんというと正月に食べる芋餡に栗が入ったものを想像するが、まったく違う。岐阜の栗きんとんは、裏ごしした栗に砂糖をまぜて固めただけの極めてシンプルなものだ。食べると口のなかでぱらりとくずれ、口のなかいっぱいにまとわりつくように広がっていく。そして鼻に届く栗の香り。ふんがー(鼻で味わう音)。私がこの栗きんとんを知ったのは十年ほど前だ。私の人生に後悔のいう文字は存在しないが、このときばかりはちょっとだけ後悔した。どうしてこれを知らずにン十年も生きてきてしまったのかと。しかも残念なことにこの栗きんとんは賞味期限が短い。作ったその日、できれば、数時間以内くらいが一番美味しいのである。通販とかときどき見かける東京出張販売などではこの美味しさは堪能できないのだ。となると、岐阜に行くしかない。
人をその土地まで引き寄せる力を持つ食べ物。名物とはかくありきである。
(2024年11月25日号掲載)
岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)
神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『法律がわかる! 桃太郎こども裁判』(講談社)