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けんかっ早いけど人が好き Vol.32

信頼関係

歩くのが好きで、外出先でも時間があればふらふらと歩いている。街を歩くもよし、遊歩道や自然公園などがあればもっといい。スマホの中には地図アプリが入っているので、どこになにがあるか知ることができる。本当に便利だ。

おじさんとアオサギ。すてきな関係である。

先日、某県で行う講演会に、クルマで移動した。初めての土地はどこがどう渋滞するかわからない。遅れるわけにいかないので早めに出たのだが、これが早すぎた。どうやって時間をつぶそうかとスマホの地図を見ると(私のクルマにはカーナビがついていない)、そばにほどよい大きさの公園があるではないか。しかも駐車場もある。クルマを止めて散策開始だ。

公園内は樹々が多く、遊歩道に木陰を作っている。しばらく歩くと大きな池に出た。池のまわりには糸をたらしている人がちらほらと見える。ふと前方に目をやると熱中症対策のパラソルをたて、持参した椅子に座って釣りをする年配の男性がいた。その風情から、毎日のようにこの場所に通っていることが想像できる。近づくと、男性のそばに目を疑うようなものがじっと佇んでいた。男性の座高より背の高い鳥である(後で調べたらアオサギというらしい)。あわてて写真を撮ろうとじたばたする私の動きにはお構いなしに、男性はのんびりと糸を垂れている。えっと、おじさん、すぐそばにいる鳥に気付いていないの?

すると男性はすっと竿を引き上げ、水中でふやけた餌の小魚(のようなもの)をはずすと、ぴっと脇の草むらに放った。それを見たアオサギがさっと口ばしを下げたかと思うと長い脚で数歩進み、ぱくりと食べたのである。

まちがいない。おじさんは、アオサギの存在に気づいている。そして、アオサギと共に釣りを楽しんでいたのである。じっと見つめる私が気に入らなかったのか、アオサギはおじさんの後ろをそっと離れた。おどかしちゃったか、悪いことしたなと反省するのも束の間、アオサギは数歩いったところで止まり、ぺっとウンコをしてまたゆっくりと元の位置にもどってきた。ウンコをするときだけ、おじさんのそばを離れたのである。私はそれを、おじさんへの敬意と受け止めた。

すごい信頼関係である。いいもの見せてもらったなあ。

(2022年9月10日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)

神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。内閣府戦略的イノベーションプログラム自動運転推進委員会構成員