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けんかっ早いけど人が好き Vol.106 岩貞るみこ氏(自動車評論/作家)

投稿日時
2025/10/15 10:17
更新日時
2025/10/15 10:19

金沢の約束

某一般誌でクルマの連載をしていたとき、チームを組んだのは、まだ20代の編集担当くん(若大将)と、仏様のようにおだやかなカメラマン氏(巨匠)である。若大将は好奇心と体力が有り余っているので、「明日は、8時に軽井沢で集合!」と平気で言ってくる。50の声が聞こえるほどの年齢だった私は、年寄りをもっといたわれ! と言いそうになったが、横で巨匠がふんわりと笑ってうなずいているので、よっしゃ行くかと気合を入れる。年齢も性格もまるで違うのに、私たちはとんでもなく気が合い、撮影の日はいつも遠足気分だった。こうなると、どんな厳しい状況も楽しくなってきて、いつのまにか私たちの間では「はい、よろこんで!」が合言葉になった。

左から、巨匠、姫(私!)、若大将。宝物のワンショット。

2年がたつころ、若大将が別の編集部に異動することになった。最後の撮影は卒業旅行とばかりに石川の千里浜なぎさドライブウェイまで走りに行った。当時、取材費は切り詰められていたので、宿泊費はそれぞれ自腹だが、それも「はい、よろこんで!」である。

夜は地元の居酒屋に行き、三人で未来と目標を語り合った。私は本をたくさん書き、巨匠は巨匠らしく、コツコツと努力を重ねることを誓う。そして若大将は、編集者を辞めて海外に学びに行きたいと告白してくれた。いつか同窓会やろうね。そう約束してチームは解散。その後みんな、意地になってお互いに連絡をしなかった。過去の楽しい思い出にひたるには、私たちはまだ若すぎるのだ(特に私、じゃなかった、若大将)。

10年ちょっとたったこの夏、若大将からメールが届いた。

「スペインの大学に行くことが決まりました」

彼が受けていたのはとんでもなく難しい試験。それでも編集者という激務に言い訳をせず、結婚して子どもが生まれて共働きの子育てにも甘えず、ずっと4時起きで勉強を続けていたのである。

10数年ぶりの同窓会は渋谷で、若大将の壮行会になった。『金沢の約束』が昨日のことのようだけれど、新たに『渋谷の約束』を交わした。また会う日までいい仕事をしようね。そして、必ずまた会おうね。若大将は日本に帰ってこない気がする。それでもいい。だったら会いに行こう。次の同窓会はスペインで。『バルセロナの約束』を交わしに行くのだ。

(日本物流新聞2025年10月10日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)

神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『こちら、沖縄美ら海水族館動物健康管理室。』(講談社)