連載
東日製作所 技術部 部長 緒方 智博 さん
- 投稿日時
- 2025/09/25 14:29
- 更新日時
- 2025/09/30 17:31
ユーザー視点でトルクレンチを開発
究極のねじ締結を追い求めて
ねじや歯車、ばねといった機械要素は、製品が上手く動いたり効率よく機能するために欠かせない。一方で、いまだ解明されていない事象も多く、その世界は奥深い。探求を続ける技術者や研究者にその魅力を語ってもらい、ディープでマニアックな技術のポテンシャルに光を当てる。本稿では正確な締結に欠かせない「トルクレンチ」にフォーカス。リーディングカンパニーである東日製作所の緒方智博さんに、締結管理の今と未来を聞いた。

東日製作所の緒方智博さんと軸力ナットランナー
「学生時代はバイク屋で働いていたんです。締め過ぎたらねじ山が潰れるし、緩いと外れて事故になる。ねじの重要性と道具を使う現場感覚を得たと思っています」
そう語るのは、東日製作所の緒方智博さん。38歳という若さで技術部長を務め、デジタル製品やトルクレンチのテスターなど動力を使った締結関連製品の開発を担当する。かつてユーザーとして日常的に工具を扱った経験が、使い手視点の開発に生きる。
「デジタル式はトルクセンサーと歪みゲージを用いて電子的にトルクを測定します。歪みゲージ自体は汎用品のため差別化しづらい。基板やセンシングノウハウ、使い勝手などの工夫が特に求められます」(緒方さん、以下同)
近年、緒方さんが開発を進めているのがデジタル製品の小容量トルク帯の強化だ。小容量ヘッド交換式デジタルトルクレンチ「CES/CES-G」は、作業スペースが限られ工具が干渉することも多い小ねじの締結を、デジタルトルクレンチならではの使い勝手で一から検討し直した。

女性や狭い作業スペースでも扱いやすいデジタルトルクレンチ「CES/CES-G」
「女性が現場に入ることが増えています。その際、重たい工具は嫌われます。一方で、軽量化にも限界がある。重心を微調整し“軽く感じる”設計を意識しました」
Bluetoothモジュールも一体型から後付け式(オプション)に変更。トレーサビリティーやコンプライアンス対応でデータ連携需要が高まる中、「買い替えなしでBluetooth対応できるようにし、現場改善の一助となれば」と狙いを話す。
■究極の締結方法を模索
そうした配慮の背景には、ねじ締結が「我々の生活の安全を守る基盤」であるという信念がある。
「工具が使いにくかったり現場負担が大きいと、ねじ締結の信頼性を担保するのが難しくなります」
これは、緒方さんが20年にわたり追い続けてきたテーマ「軸力締め」にも通ずる。従来のトルク管理では、ねじ部品の座面やねじ面の摩擦係数が変動することで、発生軸力が±20~30%、時に±50%もばらつく。そのため、ユーザーは大きな安全マージンを取る必要があり、ボルト径や本数が過剰にならざるを得なかった。「軸力を直接管理できれば誤差は±10%程度に抑えられ、部品点数の削減や軽量化、燃費改善などにつながります」と緒方さんは語る。
軸力締めとの出会いは久留米高専時代。恩師・橋村真治教授(当時:久留米高専 機械工学科 現在:芝浦工業大学 工学部機械工学課程 基幹機械コース)が研究中だった軸力検出のデータ取りなどの実験に参加したことがきっかけだ。
「目に見えない力をどう計測するか、その経験が今の開発の基礎になりました」
現在、軸力管理の方法には、摩擦係数を安定化させる潤滑剤や超音波による軸力測定などもあるが、量産現場への展開が難しいという課題があった。
そこで緒方さんが注目したのが「ねじ」そのもの。締結されたねじの頭部を引っ張ると、最初は頭部だけが伸び、ある時点でねじ全体が伸び始める。この力の変化点が締結時の軸力を示すという理論に基づき、ねじを引っ張ってから締結する「軸力ナットランナー」を世界で初めて開発。2019年の東京モーターショー(現Japan Mobility Show)で披露した。
「ねじ頭部にもねじ山を切ってもらうなどひと手間加える必要がありますが、軸力で締結を管理したい方は一定数います。モーターショーでも『こんなことできるの』と関心を持っていただき、濃い話をした記憶が残っています」
現在、実装に向けた取り組みを進める。緒方さんが特に注目するのが電動車向けのモーターコア部品の締結だ。薄い積層鋼板からなるモーターコアは、溶接や焼き嵌めなどによる固定化も試みられている。しかし、溶接だとメンテナンスが難しく、焼き嵌めだと加熱するためのエネルギーによる環境負荷が課題となる。緒方さんは「ねじ締結は分解や締め直し可能という利点があります。軸力ナットランナーなら必要な軸力で安定的に締結可能」と見る。
「全部のねじに必要な技術ではありません。でも、命に関わる部分には軸力締めを普及させたいです」―、20年越しの信念が、締結の未来を変えようとしている。
1人で製品丸ごと対応
東日製作所の開発者の仕事は図面を描くだけで終わらない。「うちは基本的に1人で製品をまとめます。製品企画から、開発設計、実験検証まで全部やります」と緒方さん。1人の担当者が製品を育てるように開発するため、現場からのフィードバックを次の設計に反映しやすい。「毎年新製品を出すので担当製品は増え続けます。大変ですが、やりがいも大きいです」
(日本物流新聞2025年9月25日号掲載)