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デンソー 先進プロセス研究部 研究統括室 担当次長 博士(工学) 白井 秀彰 さん
- 投稿日時
- 2025/09/11 16:25
- 更新日時
- 2025/09/30 17:37
溶接技術イノベーションで世界を変える
学術とモノづくりの橋渡し力
デンソー先進プロセス研究部研究統括室 担当次長 博士(工学)の白井秀彰氏は、自身の研究人生を「学術とモノづくりの接点で、新しい加工プロセスを量産ラインへつなげる」ことに捧げてきた。レーザー、抵抗、アークといった多様な溶接技術に携わり、基礎研究と生産現場の両方に通じるアプローチで、「アルミとステンレス鋼の異種金属接合」、「高出力ブルーレーザー溶接技術での量産実用」など世界初を成し遂げた。自動車産業は100年に一度の変革期にあるといわれるが、その最前線で素材・加工・設計を橋渡しする役割を果たしてきた白井氏に話を聞いた。

白井氏の研究スタイルは、一見すると突飛な直感から始まり、それを理論で裏づけ、最終的に量産へと落とし込む──その繰り返しであった。代表的な事例の一つは、1990年代後半に取り組んだ自動車用インジェクタの円筒外周溶接である。ここでは1㍈以下の歪み制御が求められていたが、単一レーザー照射ではどうしても部品が楕円に歪んでしまう。現場では試作を繰り返したものの、解決策は見えなかった。行き詰った白井氏が何気なく紙コップをいじっていた時、インスピレーションが舞い降りた。紙コップに周囲から複数の力を加えると均等に変形するように、二方向から同時にレーザーを当てれば歪みを相殺できるのではないか──。
この直感を数値解析で検証し、90度二方向同時照射法を開発。実験では歪みが大幅に抑えられ、サブミクロンオーダーの低変形溶接を可能とする技術を開発し量産ラインに採用された。現場にある身近なモノから着想し、理屈は後から付いてくるという白井氏のスタイルを象徴する出来事であり、その後の勝ちパターンとなった。
次に挑んだのは、融点差が大きく従来困難とされてきたアルミとステンレス鋼の異種金属接合だった。一般的には高融点側の鉄に電流を集中させがちだが、白井氏は逆に低融点のアルミ側にプロジェクションを立て、そこに積極的に電流を集中させた。「豆腐を一気に潰す(座屈)のではなく、ゆっくり熱をかけて変形させる(塑性流動)イメージ」というように、軟化温度域の保持時間を延長し溶融させずに、じんわりと接合させる。

白井氏の開発した技術で量産された自動車部品
この逆転の発想が、自動車の量産部品で実用化された点は意義深く、現在でも電動化車両に不可欠なアルミ・鉄接合の基盤技術として活き続けている。
■溶接からレーザー加工へ
デンソーではインジェクタの噴口をテーパー状にすることでガソリンの霧の形状を小さくしている。旧来プレス加工や、放電加工で開けていた穴をレーザー加工に置き換えるプロジェクトが始動した。「得意分野の溶接ではなく、未知のレーザー加工への挑戦でした」。ドイツの競合部品メーカーも同様の挑戦をしていたが、「我々は、切れ味の良い刃物としてパワーが大きい長い波長のフェムト秒レーザーで対応しようと考えました。もし一歩遅ければ、競合メーカーも我々と同じ選択をしたでしょうね」という。
このレーザー加工の研究を足掛かりに、ブルーレーザー溶接に挑んだ。銅材料は電動車のモーターやインバーターで不可欠な素材だが、高反射率のため従来は高出力レーザーを照射する必要があった。また過剰入熱しやすく溶融金属の流れを抑制できないため、スパッタを防ぐことが難しかった。しかし波長約450ナノメートルのブルーレーザーは銅材料への吸収率が約60%まで高まる。ライバル部品メーカーがグリーンレーザーで同様のチャレンジをしている中、一足飛びで、銅材料への吸収率が10倍以上の高出力ブルーレーザーの開発を目指した。海外メーカーと協業し試行錯誤した結果、吸収特性が改善され、スパッタの発生しない安定した溶融池が形成された。世界に先駆け加工プロセスを確立しレクサス向けインバーターのリード溶接などに適用される。
電動化に伴い銅材料の使用量は急増しているが、従来は溶接不良が量産のボトルネックとなっていた。ブルーレーザーはその打開策となり、自動車産業の電動化推進に大きく貢献しつつある。
白井氏のもう一つの特徴は、技術を独占しない姿勢にある。理論はオープンに発表し、差別化は現場ノウハウに置く。囲い込むより広く共有し、産業全体のレベルを底上げする。そのうえで現場力で勝負するという哲学は、自動車業界における共創文化を牽引してきた。国際会議や学会でも積極的に講演し、ブルーレーザーの事例を紹介している。
恩返しあるいはギブ&テイクの側面もある。いくつかの研究開発で、ライバル部品メーカーに先んじて適切なレーザーにたどり着けたのは、社外のコミュニティーからの情報提供やアドバイスがあったからだ。
最後に、若手技術者への送る言葉を聞いた。「論文やネットの情報はもちろん大切だが、それは過去をトレースするものでしかないです。現場からしか得られない“今”の活きた情報を大事に、若者には未来を変える加工プロセスをどんどん生み出してほしいですね。理論と現場が融合するとき、新しい価値が生まれます」。若き研究者は現場に出よ、その思いは白井氏の歩みそのものから導き出されている。論文やAIにとどまらず、現場で学びを深めた若者によって、次の自動車の未来は描かれていくのだろう。
現場常駐の「アバター白井さん」生成計画
「アバター白井」を作るユニークな構想がある。長年の経験で培った暗黙知をAIに取り込み、複数のアバターを競わせて最適解を導く。そして、「組付けライン」という最終工程でトラブルが起きやすい溶接工程を他の工程とデジタル的に紐づけ、その「アバター白井」が、まさに“現場”に常駐し、止まらないライン・不良が出ない自律したラインを目指すというものだ。
(日本物流新聞2025年9月10日号掲載)