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岸本工業、コロナ禍で売上激減 立て直し図る2代目社長
- 投稿日時
- 2024/11/25 11:39
- 更新日時
- 2024/11/25 11:42
樹脂を金属並みの精度で削る
ところ狭しと過去に加工した樹脂製のワークが並ぶ岸本工業の事務所では、3Dプリンターが稼働していた。
[樹脂部品・可視化部品・精密板の加工、各種治具製作]東京都大田区
「さっき母から頼まれたBtoC向けの試作品を、3Dデータを作ってプリントしてみてるんです」
その一言が快活な岸本豊寿社長の経営姿勢を表している。コロナ禍で会社の経営状況が悪化していた2021年6月、創業者であり父である岸本哲三会長に頼み込んで社長に就任。翌年には、従来の試作品以外は断っていた体制を見直し、量産品の受け入れやこれまで600社超と付き合ってきた実績から商社機能をもたせてみるなど、注文に対する間口を拡大。経営状況が安定してきた翌々年には、原点である試作も部品一つではなくユニット単位で受注できる形を模索したり、部品加工だけでなくアート関連の加工や自社製品の開発も進めるなど、スピード感ある試行が同社のV字回復を支える。
「コロナ禍で売上が激減して、その月の売上がなければ会社をたたまなければいけない状況まで追い込まれた時期もあった。大田区の若手経営者コミュニティーなどで様々相談させていただきながら体制の見直しを進めてきた。まだ十分ではないが20年頃の苦しい状況からは脱した」
■樹脂でも高い寸法精度で
1980年に岸本会長が立ち上げた同社は、当時は珍しかった樹脂加工の専業メーカー。金属加工と違い樹脂を±0.1㍉以下の精度で加工ができる業者がいないことに眼をつけ、高い精度が求められる携帯電話の検査治具などの生産を担ってきた。特にプラスチックの板厚を切削加工だけで±30㍈、表面粗さRa1.6以下の寸法精度で安定的に加工する独自の「フルフラット加工」や、流体観察や内部監視を目的としたアクリル部材を後加工なしで寸法精度と透明度を保つ技術などを強みとしてきた。
一般的に、樹脂は金属に比べ温度や湿度によって変化が生じやすく、寸法精度を高めることが難しい。例えば、市場にある樹脂板は板厚の寸法公差が10%ほどあり、規格サイズよりも薄い場合さえある。同社に注文を寄せる半導体業界や航空宇宙産業など高い精度が求められる分野で、市販の板をそのまま部品加工に使用すると寸法公差を満たすことができず部品同士が組み上がらない可能性さえある。
「小さな板で同じような精度を出すところはあるが、当社のように350×1200㍉までの大きな板で金属と遜色のない精度を出せるところは少ない」
創業当時から他ではできなかった難易度の高い困りごとの解消を強みとする同社は、時代が変わっても「基本的にできないとは言わない」姿勢を貫く。
一方で、生産体制は見直しを進める。20年にDMG森精機のターニングセンタ「NLX2000-500」を、23年にはキーエンスの画像測定器「VR-6200」を導入した。
「以前から丸物の引き合いは多かったが、1つ2つだけ加工する試作品が多く、治具作成から旋盤、フライス、マシニングといくつもの機械に工程が跨ってしまい時間もかかっていた。複合加工機を導入することで1つの機械で加工をほぼ完結させることができており、物によっては私ではなくパートさんにワークをセットしてもらって半自動的な運用もしている。仕事の幅・量ともに広げることができている」
岸本社長は現場に立つプレーヤーでありながら経営者でもあり、営業活動や見積作成などを行うため、手間を極力なくし時間をつくっていくことが重要だという。今後、さらに3機種入れ替え生産体制の見直しを押し進めていきたいと先を見る。
岸本社長と2020年に入れたDMG森精機のターニングセンタ
(2024年11月25日号掲載)