現代の名工に学ぶ〈1〉

卓越した技能を持ち、その道で第一人者とされる技能者を厚生労働省が表彰する「現代の名工」。多くの職人や技能の世界を志す若者の目標として、令和2年度は150人が選出されました。仕事に対する姿勢、物事の考え方、後進の育成方針など―業種・業界を問わず名工たちに学ぶべき点は多いはず。今回はそんな令和2年度の名工から、空調機器の「心臓」を世界に送り出すキーマン、日立ジョンソンコントロールズ空調の池谷 克也さんにお話を伺いました。

【画像1】池谷 克也さん
【画像2】技能五輪選手の育成にも携わるなど、後進にも自らの技を惜しみなく伝えている
【画像3】愛用のノギスを手に

空調機器の心臓部を世界中に届ける

「鋳造の達人」から「設備保全の匠」へ

【機械修理工】日立ジョンソンコントロールズ空調 清水事業所 池谷 克也 さん

【プロフィール】 いけがや・かつや 1962年静岡県生まれ。工業高校機械科を卒業後、1981年に日立製作所清水工場(現、日立ジョンソンコントロールズ空調 清水事業所)に入社。入社後2年間は技能五輪選手(鋳鉄鋳物職種)を経験。のち製造部鋳造課、圧縮機製作課において安価で高品質かつ生産性の高い鋳物の製作や生産性向上に努めるとともに設備保全に携わる。現在は生産プロセス改善部にて生産改革や後進の育成にも注力している。家族は妻と娘2人。趣味はゴルフとDIYで「暇さえあれば体を動かしている」そう。

エアコンなどの空調機器や冷蔵・冷凍設備のキーパーツである圧縮機。世界中のあらゆる場所で鼓動を止めることなく動き続ける「心臓」を送り出すキーマンが、日立ジョンソンコントロールズ空調 清水事業所の池谷克也さんです。

池谷さんが入社したきっかけは、同社・清水事業所が技能五輪に注力していることを知ったからだといいます。職人であった父や兄の背を見て「いずれは自分もモノづくりに携わりたい」と志した青年は、入社からわずか2年で技能五輪の鋳物・鋳造部門において、全国3位という好成績を収めます。

その手腕を買われ、圧縮機の鋳型製作から溶解作業までの全鋳造工程において、新製品の設備立上げから量産化、生産性の向上に携わることとなりました。

鋳物は金属を溶かして成形するゆえ、液状の金属(溶湯)の性質や金属の凝固に関する高度な知識と技術、経験が要求されます。

「溶湯は生き物と同じです。炉の雰囲気などで日々成分変化が生じます。鉄を溶かす溶解炉(キュポラ)は時間の経過とともに成分が変わってしまいますし、溶湯の成分や温度により鋳造欠陥が出やすくなることもあります。これらの判断を、従来は職人の勘に頼っていましたので、製品基準に合わない溶湯は破棄することも少なくありませんでした。それを時間経過による成分変化を基準にした鋳込み計画を立てるなどして、職人の勘の『見える化』に取り組み、無駄を無くしました」(池谷さん)。

また池谷さんは鋳物を製作した後工程にも着目しました。鋳鉄系の材料は一般的に鋼と比較して脆いうえ、成分や熱処理条件などによって広範囲に変化します。それゆえ被削性も大幅に変化し、加工が困難になる場合も少なくありません。

「切削性を落とさずに、鋳物製品の硬度と強度を保つには、溶湯成分の含有量の調整が重要です。これを製品特性に応じて成分調整しなければならないのですが、この調整技術が当社製品の強みに繋がっていると自負しています。特に、マンガンと銅の含有量で調整する技術は当社で独自に確立させた技術です」(池谷さん)。

時を経て、生産のグローバル化を図る同社は、鋳造部品の外注化に踏み切ります。そこで国内外の鋳物メーカーとの調整役に抜擢されたのが池谷さんでした。

立ち上げ当時を知る鋳物メーカーはこう述懐します。

「多くの発注先はネクタイで来て、そのままお帰りになる。池谷さんはネクタイをして来るが、帰りは汚れた作業着で帰る。我々鋳物屋と同じ目線で物事を考えてくれる方だった」。

現場に入る際、池谷さんは常に労いと感謝の言葉をかけるよう心掛けているそう。こうした姿勢が、サプライチェーンとの相互信頼を高め、品質や生産性の向上へと繋がっているのでしょう。

故障箇所の長寿命化に取り組む

現在、池谷さんは清水事業所の生産プロセス改善部で、保全活動や生産改革活動において中心的な役割を果たしています。同事業所ではNC旋盤、マシニングセンタといった工作機械から溶接機等の製缶設備、組立設備など数百台の機械を抱えていますが、いずれのメンテナンスも、メカニカルな知識と電気的な部分における高度な理解と技能が必要です。その全ての設備において、故障の頻度を下げるとともに、1回の修理に要する時間の短縮にも取り組んでいます。

「鋳造の知識だけでは分からないことも多かったので、機械保全2級(電気系)を取得し、設備の構造についてイチから勉強しました。これによって、設備の止まり方で原因が電気系なのか機械系なのか即座に判断できるようになりました。また、故障した箇所は、部品の長寿命化を必ず取り入れるようにしています」(池谷さん)。

また、設備トラブルは作業効率を低下させるのみならず、ケガや事故のリスクも高めます。昨今は後進の指導にも意欲的な池谷さん。普段は「まず良いところを見つけて褒める」スタンスだそうですが、安全面については特に厳しく指導しているといいます。

ちなみに清水事業所内の池谷さん評ですが、「妥協や手抜きをせず、常に仕事に対して誇りを持ち、損得抜きで仕事をする人」、「どんなに困難な状況であっても、諦めることなく解決するまで継続してやり抜く人」、「速い、うまい、安い、の3拍子が揃った人」、「常に任せて安心」といった声が上がるなど、並々ならぬ信頼の厚さが窺えます。

最後に、池谷さんにとって「空調・冷蔵・冷凍機器」とはどのような存在かを伺ってみました。
「私が子供の頃は、空調機器はぜいたく品でしたが、熱中症対策などいまでは『無くてはならない必需品』です。冷蔵・冷凍機器も消費者に安心・安全なものを届けるために必要不可欠なものです。これらの製品に携われる誇りを感じながら、より良い品質のものをユーザーニーズに合わせてお届けできるようにしていきたいです」。

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