2023年版「中小企業白書」を読む

2023年版「中小企業白書」は同「小規模企業白書」とともに4月末に公表された。過去の中小企業白書をざっと振り返ると、新型コロナ感染症が蔓延する前は、地域経済を支えるキープレイヤーの中小企業がいかに経営力強化を図り、成長の機会をものにしていくかを複眼的に考察する内容だった。「世代交代」、「自己変革」、「差別化」、「新事業展開」、「稼ぐ力」といった課題への対応策、その事例、支援状況などが綴られた。

経営者に焦点、「価値創出の在り方」探る

対してコロナ感染症の影響が強かった21年版は「危機を乗り越え、再び成長軌道へ」のテーマを白書の中に掲げた。続く22年版は、事業者の「自己変革」をテーマに、ウイズコロナで、あるいはアフターコロナで必要な活動を取り上げていた。ひと言でいえば、感染症下の事業再構築をテーマにしていた。

そういう近年の白書に照らすと、今回の白書は目線の置き方が変わったように映る。競合他社と異なる価値を創出するための戦略や構想を見ながら、そうした取り組みについて分析する以上に、それよりもむしろ、価値創造の主体となる「経営の担い手」にフォーカスして考察を重ねている。

業況、物価高から検証

〜売上、凹凸あるも感染症前の水準へ

今年の中小企業白書はまず、中小企業の業況について総論的に記している。

コロナ禍が収束傾向にあるなか、中小企業の売上高が感染症流行前の水準に戻りつつあることを、各種資料を添えて記している。しかし宿泊や交通など業種によっては厳しい現況もあり(現況とは今年2月頃までを捉えたものとみられる)、また稼働率等が業態によって異なっていること、同時に同じ業態のなかでも稼働率や回復力で差があることも触れた。

全体として業況は上向いているわけだが、コロナ関連融資の返済期限がピークを迎えることに目を向け「収益力改善や事業再生支援が重要」としっかり資金繰りについても厳しめに書いている。

一方、物価高騰については「今後徐々に減衰するとの見方もある」の表現で明言は避けたが、かならずしも悲観的には見ていないようだ。

物価高による収益減少の影響を認めながらも、中小企業における物価高騰(等の)対応策に目を向け「値上げだけでなく、経費削減や業務効率化による収益力向上などに取り組んでいる」とした。

人手不足が直面

〜省力投資ほか働き方改革で対応

中小企業の喫緊かつ長期的な課題としては「深刻な人手不足に直面」している点もあげられる。またこれに絡んでは「労働時間の制約」が悩ましい課題にもなる。

そうしたなか白書は、省力化投資などを通じ生産性向上に取り組む中小企業の姿を捉えた。例として、デジタル化により配車業務の効率アップを図った運送業者の取り組みなどを掲載している。下のグラフにあるように、人材不足への対応策としては、正社員を採用することが多くの企業で共通して重視されているが、ほかに「業務プロセスの見直し」、「社員の能力開発」、「IT化等設備投資」によって効率と生産性を高め、人手不足をカバーする取り組みが少なくない。

また人手不足対策として「賃上げ」や「職場環境の改善」が重視されていたほか、従業員の多能工化に取り組む例もみられた。さらに子育て世代の休暇取得や勤務時間の短縮・変更など柔軟な働き方を実現することにより、離職率を大きく改善する例がみられた。

白書はこうした柔軟な働き方が浸透しつつあることを捉え、次のように踏み込んだ意見を述べている。即ち、
 「人手不足の解消につながることから、兼業・副業(ダブルワーク)に取り組むことは重要」
 「実際に副業人材の活用により、戦略実行に必要な人材を確保し、成長につながっている企業も存在」―などがそう。

また賃上げについては、実施企業がこの数年増えていることを踏まえたうえで「賃上げが難しい企業も一定程度存在する」とした。ついで、視点を若干変え、「賃上げを促進するためにも、取引適正化などを通じた価格転嫁力の向上や、生産性向上に向けた投資が重要」とした。

新たな価値創出に向け

〜交流を生かす経営者に着目

23年度の国内民間設備投資は全体で過去最高の103兆円が見込まれ(日本銀行試算)、中小企業の設備投資額も増加傾向にある。

設備投資の目的を過去のアンケートと比較してみると、全体として「維持更新」が低下し、代わって「生産(販売)能力の拡大」、「製(商)品・サービスの質向上」を重視する傾向にあった。このほか、情報化や省力化・合理化を重視する割合が大きく高まっていた。

そうしたなか、革新的なイノベーションに取り組み、その成果として競合との差別化や販路拡大に成功した企業も多い。白書はDXやGXに取り組む例を数多く掲載した。白書は「中小企業の経営者が成長意欲を持って果敢に挑戦し、イノベーションによる生産性向上につなげることが重要」などと記している。

新たな価値創出に向け

〜交流を生かす経営者に着目

中小企業の成長に向けた取組みを見ていくなかで、前述のように今白書は経営者に焦点を当てた。企業価値創出のための戦略を構想し実行する核となるのが「経営者」だからだ。また前提的に「価値創出を通じ、世界市場の需要を取り込んでいくことが日本経済の発展につながる」とした。

競合他社と異なる価値創出という点では、競合他社の少ない市場で事業を行った企業が、競合他社の多い市場で事業を行った企業に比べ、業績の向上がみられるという。白書はニッチ上位の中小企業の成功例を複数掲載した。

戦略の構想・実行に携わる経営者に目を向けると、傾向として「第3者の外部との交流が経営者の成長意欲を高めている」という。白書は今回、このあたりを特筆的に取り上げた。成長意欲を高めることにつながった交流先は複数回答で1位同業種の経営者仲間、2位異業種の経営者仲間、3位支援機関・専門家、4位債権者・金融機関と続いた。

他方、経営者の年齢を見ると、高齢化が進むなかにも、足下では経営者の年齢層の分散がみられ、「事業承継が一定程度進んでいる可能性」と捉えた。

そのうえで「後継者が意思決定を行っている企業ほど事業再構築に取り組んでいる」状況を調査資料から説明し「新しい挑戦を促すうえで、先代経営者は後継者に経営を任せることが重要」と記した。また従業員の信任を得て事業再構築を行う企業ほど、売上高年平均成長率が高いという実態も紹介している。

経営資源の活用

〜成長に向けM&AやPMI

価値創出の実現手段として増資、M&A、またM&Aに絡んでPMI(経営統合)の重要性にも言及した。

増資による資金調達の有効性をみるなかで「外部資金を受け入れるためには戦略的な経営などのガバナンスの構築・強化等が重要」とし、また中小企業においても広まりつつあるM&Aを「新事業分野への進出に有効な手段」などと評し、その実例を紹介。M&Aにおいては相手先従業員等の理解を得ることを重視し、組織・文化の融合といったPMIに取り組むことが重要と断じている。早期にPMIの検討を始めた企業ほどM&Aで期待以上の成果を実感する企業が多いという調査結果も掲載した。

中小企業の共通基盤とは

〜価格転嫁や取引適正化、デジタル化を注視

白書は、冒頭部で物価高騰について「減衰するとの見方もある」などと記していた。ここでは中小企業が原材料費やエネルギーコスト、労務費等を適切に価格転嫁できる環境の整備についてまとめている。あわせて取引の適正化、デジタル基盤の重要性を「共通基盤」と捉えて状況を分析し、意見を加えた。

価格転嫁について、は中小企業庁のフォローアップ調査(2022年9月)で業種によって事情の異なっていることが明らかになっており、転嫁率は高い業種で56%、低い業種だと20%程度にとどまっていた。引き続き情報公開を通じて価格転嫁を促進させる考えにある。

他方、共通基盤としてのデジタル化は感染症前と比べ進展が見られ、「デジタル化が進展している中小企業では、経営者自らデジタル化を推進しているケースが多かった」。

またデジタル人材の確保育成に向けては、「求めるスキルや人材像を明確化することが重要」とした。ほかでは「共通基盤」の一つにあたる、いわゆる併走支援についても前年同様、紙面を割いた。中小企業の支援を担う自治体の機関、商工会、税法律関係士業、金融機関などの役割を確認しながら、支援機関同士の連携や切磋琢磨の必要性を述べた。



このほか今回の中小企業白書は、中小企業の持続的な成長が地域の発展にもつながる旨、事例を追いながら詳しく述べた。事業者による地域課題解決の取り組みは決して少なくなく、自治体が抱く事業者への期待が大きいことも紹介している。その反面、「事業者が地域課題を理解していないことに課題を感じる」自治体が多いことにも触れた。

このあたりについて白書は「事業者はあらかじめ事業の社会的意義を検討したうえで、その意義を資金提供者にも提示するとともに、自治体等との連携を進めながら、複数地域への展開を図ることが重要」などとまとめている。
(日本物流新聞 2023年5月25日号掲載)

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