現代の名工に学ぶ〈2〉

卓越した技能を持ち、その道で第一人者とされる技能者を厚生労働省が表彰する「現代の名工」。多くの職人や技能の世界を志す若者の目標として、令和2年度は150人が選出されました。仕事に対する姿勢、物事の考え方、後進の育成方針など―業種・業界を問わず名工たちに学ぶべき点は多いはず。今回はそんな令和2年度の名工から、ベアリングの仕上げ装置の製造を精緻なキサゲ作業で支える、ダイセイの山田 健一さんにお話を伺いました。

【画像1】山田 健一さん
【画像2】キサゲ作業の様子。加工機の精度が向上した現代にあっても、精度を追求する上でなくてはならない工程だ
【画像3】愛用のスクレーパー。柄の短い3本は手持ちで使い、柄の長い1本は腰に当てて体重をかけることでミクロン単位の精密なキサゲ加工を行う

ベアリングの発展、陰から支えた52年

ミクロン単位のキサゲ、目に見える「数字」で伝承

【機械部品組立工】ダイセイ 製造本部 技術グループ
          テクニカルエバンジェリスト  山田 健一 さん

【プロフィール】 やまだ・けんいち 1950年岡山県真庭市生まれ。工業高校卒業後、1969年にダイセイの前身となる大阪精機に入社。以来52年間にわたり、ベアリング加工に用いられる超仕上盤の製造部門で、組立工として組付・キサゲ・調整・検査に至るまでの工程に一貫して携わっている。その他、国内外の客先に出向き、設備の立ち上げやアフターサービスを行うことも多い。趣味は読書と映画観賞。「最近はAmazon prime videoやNetflixにはまっている」という。会社の野球部にも所属し、若手と一緒に汗を流すことも。

「機械産業のコメ」とも称されるベアリング。世界シェアの約4割を占めるなど日本のお家芸ともいうべき技術の結晶ですが、その製造工程では高精度の加工が求められます。そして当然、そのベアリングを加工する製造装置にも、それに準ずる厳格な精度が要求されます。

ダイセイ(大阪府池田市)は、そんなベアリングの加工(仕上げ)装置を手掛ける機械メーカーです。エアーマイクロメーターの製造に端を発する同社が、ボールベアリング向けの仕上工程を自動化する工作機械「超仕上盤」を開発したのは1962年のこと。以来、国内外のベアリングメーカーからの高い精度要求に応え続けてきました。そしてその超仕上盤の組立を長年行ってきたのが、技術グループの山田健一さん。入社から52年目を迎えた、同社の誇る名工です。

超仕上盤の加工対象は、すでに研磨を終えた組立前のベアリングパーツ。それらを設備内部のワーク治具に取付けて回転させ、砥石を押し当てることで内外輪の軌道面の面粗度や真円度をさらに向上させます。つまりはベアリング加工の最終工程を担う設備というわけですが、その高い精度を実現するうえで欠かせないのが、各パーツの摺動部へ施されたミクロン単位のキサゲ加工。山田さんが入社2年目から現在に至るまで、継続して携わってきた工程です。

「私の所属する技術グループは各ユニットの組付けからキサゲ、調整、検査まで超仕上盤の組立に一貫して携わります。組立期間は1.5カ月から2カ月ですが、そのうちキサゲにかけるのは長くとも2週間。全体から見れば一部ですから、キサゲを毎日行う『達人』の腕には及びません」。山田さんはそう謙遜しますが、一方でキサゲの奥深さについてこうも語ります。「キサゲ作業そのものは時間をかければ誰でもある程度できると思いますが、本当に難しいのは動作ではなく、どこをどのように削るかという『あたり』を読むこと。定盤や測定機器で削るべき値を測ったあと、そのデータを実際の動作としてイメージする部分に難しさがあります」。

一度の削りで削れるのは、手持ちタイプのスクレーパーで0.002~0.003mm、腰に当てるタイプで0.005~0.01mm程度という感覚があるそう。とはいえそれは、微妙な力の入れ具合や角度によっても変わる話。そういった感覚を頼りに実際の動作を組立てるのは、長年の経験が物を言う匠の世界です。しかし、「勘や感覚で人に教えても伝わらない」と山田さんは話します。「人に教える際には実際に削れた量をインジケータで測らせ、『この力でこの量が削れた』と数字で見せています。背中を見て覚えろではなく、自分の動作がどういう状況なのかを見える形で示してあげないと、なかなか前に進めません」。

自分の目で見たものだけを信用しなさい

ダイセイに入社したのは1969年。ちょうど超仕上盤を増産するタイミングだったため人手が足りず、しばらくは右も左もわからない状況ながら夢中で組立作業に励んだそう。3年目には組立部門から調整や検査をメインで行う部署に移ったものの、組立の応援を行ううちに気付けば組立から検査までを一貫して手掛けるように。そこで得た知見を活かし、加工調整作業の標準書や機種ごとの標準組立時間も作成・設定しました。その他にも設計やアフターサービス、時には簡単な機械加工を行うこともあったそうなので、まさにオールラウンダーと言えるでしょう。

山田さんは「大会社ではないので何でもやらされました」と振り返りますが、結果的には様々な経験を積んだことが仕事の肥やしとなったそう。「例えば組立で問題が発生した際、設計で培った『物事を様々な方向から見る癖』が非常に役に立ちました。ただ図面通り組立てるのではなく、自ら考え工夫する姿勢が身に付いたと思います」。

その考え方は、後進の育成方針にも息づいています。山田さんが指導時に若手に言うのが「自分の目で見たものだけを信用しなさい」ということ。「ともすれば人から様々なアドバイスを受けると思いますが、そうやって人から聞いた情報だけで仕事を進めてしまうと、ふと1人になったとき進むべき方向が分からなくなるんですよ。例えば試運転で何か不具合が発生したとして、そこに至るまでのプロセスや発生している現象を自らの目で確認し、自らの手で解決策を導くことでモノにしなければ、次には活かせません」。これは、様々な工程に携わりながら常に自らの手で解決策を模索してきた山田さんならではの教訓といえるでしょう。

現在も超仕上盤の組立作業を行いつつ、後進の指導にあたっているという山田さん。「手を後ろに組んで言葉だけで指導する」ことにもどかしさを感じつつも、やり残したこととして後進の育成を挙げるなど、指導に意欲を燃やしています。

そんな山田さんに52年のキャリアを振り返っていただくと、「とにかくあっという間でしたね」という答えが返ってきました。「必死にやっているうちに気が付いたら50年以上…という感じでしょうか。けれど、仕事としては今が一番楽しいですね。一通り全体のことがわかっていますし、自分の考えた通りに動ける。これからも続けられる限り続けていきたいです」。

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