【特別寄稿】新型コロナ禍後のベトナム元気!

3年ぶり訪問記
上田 義朗 (流通科学大学教授・日本ベトナム経済交流センター副理事長)

【画像1】タイトルイメージ
【画像2】イオンモール内のダイソー店:4万ドン均一(200円強)
【画像3】ヴィングループ開発の住宅と商業施設
【画像4】ヴィンファスト販売店での充電。充電料金はスマホアプリで支払う
【画像5】筆者近影

到着時のハノイ・ノイバイ空港

2022年9月にハノイ・ダナン・ホーチミン市を3年ぶりに訪問した。その後10月にはハノイを再訪。新型コロナ禍と経済停滞に苦しむ日本からベトナムへの「脱出」は、開放感と活力を私に注入してくれた。ベトナム元気。本稿では、そこで気づいたことをいくつか紹介し、同時に今後の日本とベトナムの経済・ビジネス関係の展望を指摘してみたい。

感染前へ、ほぼ完全復帰

10月初旬。関西国際空港第1ターミナルは2025年EXPOのためにリノベーション中(国内線は10月26日に開業済)。加えて新型コロナ水際対策のために現在、国際線の南ウィングは使用できない。閑散とした関空の風景も貴重な体験であった。翻ってハノイのノイバイ空港では検疫も素通りで、空港から外に出ると多数の人々の熱気が伝わる。マスク着用は奨励という程度、出迎えの友人から「ベトナムではマスクなくても大丈夫ですよ」と指摘された。

ベトナム政府は当初「ロックダウン」政策を採用し、外出禁止のために食糧入手さえ困難な在留邦人もいたが、世界からコロナ対策の優秀国とみなされた。しかし長引く経済困難を打開するために昨年10月から「ウィズコロナ」政策に転換。そのために感染者は急増して本年3月に40万人/日を超えた。その後、全国民にワクチン接種が進み、3回接種の人口比率は現在、日本が66%(今年10月)に対してベトナムは70%(同8月)となり、前述のようにコロナ禍前の状態に回復している。ただしベトナムでは新型コロナのほかにデング熱など多様な感染症の発生が恒例。油断は禁物である。

日本人が知るべきベトナムの現状

■日本より韓国に関心

概要の表

表1

表1は、ジェトロ(日本貿易振興機構)ハノイ事務所作成のベトナムの基本データを示している。その中から4つの注目点について最近の動向を考慮しながら解説してみよう。

第一に、在留邦人が2万人を超えているが、在ベトナム韓国人は20万人と言われている。人数の多寡に10倍もの開きがあるため、たとえば消費市場において「イオン対ロッテ」「パナソニック対サムソン」といった競争関係に影響を及ぼしている。さらに、ベトナムで国民的人気のサッカーで国家チームを東南アジア地域の頂点にまで強化した韓国人監督(パク=ハンソ氏:来年1月退任)の存在、そしてネットフリックス放映の韓国ドラマ・映画や韓流音楽が、ベトナム人にとって韓国および韓国人を身近な存在にしてきた。

これらの結果、ベトナム人労働者・学生が、アジアの渡航先・留学先に日本よりも韓国を選択することも増えているようだ。そうであれば、それは人口減少の日本にとって人材面から深刻な問題となり、日本の労働環境や就学条件の改善、そして何より日本経済の復活・成長という根本的な対応が日本政府に求められる。

■インパクトに欠く産業政策

第二に、ベトナムが「社会主義志向の市場経済」の国であって、中国が自称する「社会主義国の初期段階」ではないという点も注目すべきだ。共産党一党独裁は両国で共通しているが、市場経済に対する政府の関与の程度が相違している。複数のベトナム企業経営者から「中国には政府補助金があるから輸出品の価格競争で我々は負ける」との指摘がある。ただし近年、この中国の「産業補助金」は欧米から市場経済を歪めるという理由で批判されている。

経済成長の観点から私見を言えば、国家の役割をベトナム政府はより強化してもよい。産業補助金の集中的な活用によって、自国の先端技術開発やベンチャー企業育成を積極的に促進するべきである。ベトナムの政権運営は中国のように独裁的ではなく、集団合議的と言われるが、それを反映した分散的な産業政策では「中所得国の罠」(注:新興国の経済成長の超えられない壁)から脱却した経済成長は期待できないのではないか。

■本年からRCEPが発効

第三に注目しておきたいのが、自由貿易協定(FTA)だ。簡単に言えば、二国間または多国間の関税撤廃によって市場統合を目標としている。その中でRCEP(アールセップ:地域的な包括的経済連携)協定は本年から発効。加盟国は、日本・ベトナム・ブルネイ・カンボジア・ラオス・シンガポール・タイ・豪州・中国・NZ・韓国・マレーシアの12ヵ国である。日本とベトナムに中国や韓国を交えた三国間の新たなビジネス機会の創出が期待される。

ただし、このようなアジアの「市場統合」の動向に反して、今日の世界の潮流は「脱グローバル化」とみなされる。具体的に言えば、トランプ前米国大統領から始まる米国と中国の「貿易摩擦」の顕在化と、本年2月からのロシアの「ウクライナ侵攻」である。米国で政権交代はあったものの、バイデン米国大統領の「民主主義対専制主義」の主張は世界を分断するものであり、前述のRCEPの実効性を低下させる懸念がある。

事実、日本政府は「経済安全保障」や「サプライチェーンの強靱化」を経済政策として強調。それに呼応して民間企業は中国から東南アジア諸国への生産拠点を分散・移行を加速している。全方位外交が特徴のベトナム政府にとって最悪のシナリオは、「米国か中国か」という究極の選択を迫られる状況である。それを回避する意味でベトナムは「アセアン加盟国」という立場を「緩衝材」にしているとも考えられる。

グラフ-1によれば、新型コロナ禍であってもベトナム貿易は成長している。米国は輸出、中国は輸入で重要な相手国。日本とは貿易収支の均衡が特徴である。ベトナム対米輸出の急増の原因は、おそらく中国品の代替であろう。他方、韓国の輸出入金額は直近で日本を上回っている。韓国の対ベトナム直接投資金額についても累計・直近の双方で日本を凌駕しており、ベトナムにおける韓国の存在感は貿易面でも増大している。

グラフ-1

■日本で働くベトナム人―多様性を包摂した企業経営を

表2

第四の注目点は、在日ベトナム人数が約45万人に達したことである。表2によれば、前年より減少しているが、韓国を抜いて中国に次ぐ第2位となっている。最多の中国人は「専門的・技術的分野の在留資格」(注:積極的な日本受け入れ対象者)と「身分に基づく在留資格」(注:永住者・日本人の配偶者等・永住者の配偶者等・定住者)で過半数を超えるが、ベトナム人在留資格の約半数は「技能実習」である。その結果、日本の外国人技能実習生はベトナム人が最多となり、その問題や制度的弊害が頻繁に顕在化している。

このようなベトナム人の数的増加という事実を、日本政府・企業のみならず日本人の多数が十分に認識していないように思われる。たとえば大学や専門学校におけるベトナム語教育の貧弱さが、その証左である。さらに日本人企業経営者の「上から目線」の対応は、人手不足の現状を考慮すれば、NGである。では具体的にどうすればよいか。

筆者の提案であるが、国籍を問わずに従業員の「多様性」を容認・包摂した経営方針が望ましい。そこでは「ジェンダー平等」や個々人で相違する労働条件も配慮される。このように考えれば、ベトナム人を含む外国人と協働する新しい企業経営は、より一般にはSDGS経営の推進と呼びうる。ベトナム人も日本人も区別なく多様性の一環と考える。これが新たなグローバル経営と指摘したい。

日本文化のベトナム戦略を考える

ベトナムでの韓国人気について先に触れたが、コミックやアニメの日本人気は韓国に対抗している。事実、ベトナム進出の紀伊國屋書店の書棚の大部分を日本のコミックが占めている。ただし、その支持層は若年層が中心である。さらに当然のことながら著作権保護に日本は厳格であるが、韓国や中国は柔軟な商談を進めているようである。たとえば映像や版権は無料だが、そのキャラクター使用で儲けるというようなビジネスモデルである。

また日本のAV(アダルトビデオ)はアジア諸国で絶大の人気と言われているが、これも潜在的・限定的である。ほかにも日本には「忍者」人気もあるし、空手・柔道・剣道も世界に普及している。こういった広義の日本文化を世界に発信する戦略策定はできないのか。NHK衛星放送の英語版をベトナムで見れば、その真面目な内容は評価できるが、娯楽性や大衆性は皆無に近い。

私見では、スマホが広く使用されるベトナムでは、ベトナム語によるYouTubeなどSNS配信の積極的な活用が、日本また日本企業のブランドの形成・向上に役立つ。それが可能なベトナム代理店も登場している。日本の大手広告企業を必ずしも仲介させなくてよい。

■日本製ブランド・「日本品質」の維持を

イオンモール内のダイソー店:4万ドン均一(200円強)

ベトナムで「日本製」のブランド力は依然として健在であるが、より正確には「日本品質」の「中国製」と呼ぶべき商品が多数流通している。確かに「ダイソー」は日本企業であるが、少なからぬ商品は中国製である。日本の家電製品をベトナムで輸入販売する場合、それが中国製やマレーシア製であることは普通である。これに関連してトヨタ自動車の「日本品質」に関する次の指摘に目を向けたい。「ベトナム製トヨタ車の品質は中国製トヨタ車よりは劣るが、オーストラリア製トヨタ車より優れている。そしてこれらの全トヨタ車が日本製品質の許容範囲内に収まっている」(筆者の聞き取り)。

ベトナム人の口癖は「日本製は価格が高い」というもので、それに対して「日本製は品質が良い」と日本人は反論してきた。そうしたなかで最初に「日本品質」の最低限の基準を定義し、次にコスト削減の方法を検討する。余剰の機能を削減したり、原材料や生産工程の過度の「こだわり」を捨てたり、生産システムの部分的・全体的な省力化・省エネ化を検討したりする。さらに、それが可能な労働コストの安価な国に生産移転する。日本製の高品質・高価格に安住して「新興国が所得向上すれば売れるだろう」という発想では、世界市場の参入に出遅れることは必至であろう。

地平を開くベトナム企業

今回のベトナム訪問で驚かされたのは、日本企業また現地日系企業で勤務経験のある優秀なベトナム人エンジニアが少なからず起業していることであった。それが同業の場合は「人材のブーメラン現象」と呼びうるかもしれない。日本企業の人材育成によって生産技術や経営手法を修得した優秀なベトナム人が会社を設立し、日本企業の競争相手として成長する可能性がある。これは、かつての新日本製鐵(現在の日本製鉄)と韓国の浦項製鉄所(現在のポスコ)の関係に似ている。

こうしたベトナムの会社は、日本企業との関係からの進化型であるが、日本に限らず韓国や台湾、欧米の企業からの進化型のベトナム企業も登場している。

次にベトナム最大の企業グループ傘下、自動車製造販売のヴィンファスト社の動向に注目してみたい。

同社は、すべての四輪車とバイクの生産をEV(電気乗用車)に転換し、ベトナム市場で販売実績を上げながら、米国市場参入を準備している。本社をシンガポールに置き、工場はベトナム北部のハイフォンである。ヴィングループは不動産開発会社であり、自動車生産はリスクが大きいとの見方もあるが、視点を大きく変えると、自動車産業の既存の発想からEV市場の発展と商機を安易に予想すること自体が「リスク」とも考えられる。

ヴィングループ開発の住宅と商業施設




乗用車もバイクも本体とバッテリーは別売りであり、バッテリーも買い取りとサブスクの両方のオプションを準備している。サブスクのバッテリーも固定価格と走行距離に応じた価格の二種類があり、ガソリン車とEV車の価格差の縮小に配慮している。EV車の性能はバッテリー性能と言っても良く、バッテリーの品質向上に応じてEV車は進化する。世界の先端技術の吸収と合体、それを推進する自前の研究開発力が同社の将来を左右するであろう。ベトナム国産車としてヴィンファスト車はベトナム人から支持を獲得している。ヴィングループの過剰な負債が常に懸念されているが、何とか頑張ってほしい。これがベトナム人一般の正直な気持ちであろう。

ヴィンファスト販売店での充電。充電料金はスマホアプリで支払う。




日越、新たなビジネス関係模索へ

日本の外務省傘下のJICA(ジャイカ:国際協力機構)の主要活動の中に、ベトナムを含む新興国に「日本人材協力センター」を設立・運営することがある。同センターは日本からの人材育成の拠点となっている。ベトナムではハノイとホーチミン市の貿易大学内に施設があり、ホーチミン市では現在の天皇陛下が見学されたこともある。この中にベトナム人経営幹部を対象にしたビジネス教育のための「経営塾」が設置されており、右の写真はその同窓会主催のゴルフコンペ後の懇親会の様子である。

来年2023年は日本ベトナム国交樹立50周年になり、多様な記念事業が計画されている。私は1994年のベトナム初訪問から30年近くベトナムと関係しているが、その当時から考えると日本とベトナムの友好親善団体やコンサル会社が増加し、その選択に迷うほどになった。ベトナム航空の直行便が関西空港とホーチミン市で運行開始した1994年以来、今や複数の航空会社が複数の都市を結ぶまでになった。日本在留ベトナム人も中国に次ぐまでになった。そのほかに両国間を結ぶネットワークは広範かつ濃密になったと指摘できる。

今後の日本ベトナム関係は、共存共栄をより強力に志向することになろう。そのためにはベトナム企業からの提案に注目することである。第一は、現在の預金金利7%以上、それ以上の高い貸し出し金利に苦しむベトナム企業に対して、低金利が続く日本企業による合弁会社の形態の資金援助をしてほしい。ただしこれには「円安」が考慮されていない。第二は、日本人エンジニアを通した技術移転、第三に、ベトナム人経営者の日本向けビジネス旅行企画(ゴルフ交流も含む)の受け皿となる日本人経営者団体の発掘、第四に、各地の商工会議所の両国の提携関係を業界団体間での協力関係に発展させる。これによって、より企業マッチングが容易になる。

このようなベトナム側からの要望に日本側が応えることから、コロナ禍後の新しい日本ベトナム間のビジネス関係が展望できるのではないか。

ベトナム日本人材協力センター「経営塾」の同窓会(左端が筆者)




上田 義朗 (うえだ・よしあき)


流通科学大学商学部経営学科教授。ベトナムの経済・文化に詳しい。
持ち前の旺盛な好奇心と行動力に加えた人懐っこい性格も奏功し(?)、人的ネットワークは留学生からアジア大企業トップまで海を越えてワイド。愛してやまないベトナムを頻繁に訪れ、日本とベトナムの交流に努めており、この3年近くコロナ感染症で訪越不可だったものの、リアル活動は再活発化。
(社)日本ベトナム経済交流センター副理事長、外国人材雇用適正化推進協会理事長、国立ダナン大学 日本センター シニアアドバイザー、アジア経営学会会長を歴任。
アジアでの事業活動・投資・経営コンサルティングの合同会社TET(テト=ベトナムの旧正月を指す)のCEOも務める。過去、毎日放送MBSラジオ「上田義朗のベトナム元気!」でMCの経験も。

(日本物流新聞 2022年11月10日号掲載)

関連記事

mt:ContentLabel>サムネイル

IT人材難時代におけるモノづくり企業「DX推進」の鍵

我が国モノづくり企業はデジタル化においてライバル国に大きく遅れを取っている—。数...

mt:ContentLabel>サムネイル

狭まる「脱炭素包囲網」

すでに深く浸透したカーボンニュートラル(CN)というワード。「またその話か」と顔...

mt:ContentLabel>サムネイル

オンライン座談会:日欧中のロボット技術とユーザーメリット

少子高齢化に伴う人手不足、なかなか改善しない労働生産性―。その解決に有力とされて...

mt:ContentLabel>サムネイル

使える自動化

労働人口の不足から自動化は待ったなしの課題だ。本紙が年初、「いま一番の困りごと」...